NPO法人『あなたのいばしょ』理事長が伝えたい、自死を根本解決へ導く仕組みづくりの重要性

 NPO法人『あなたのいばしょ』理事長が伝えたい、自死を根本解決へ導く仕組みづくりの重要性
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世間ではマインドフルネスやメンタルヘルスに関する情報が多く出回るようになり、人々の関心も高まってきているように感じます。しかし一方で、「望まない孤独」や「漠然とした不安感」に苦しんでいる人が大勢いるのも事実。誰にも相談できず、解決方法もわからないまま苦しみ続けてしまう……そういった状態が続くことで、ときには自ら死を選んでしまう人もいます。 今回は、24時間365日、チャットを使った相談窓口を開設しているNPO法人『あなたのいばしょ』の理事長である大空幸星さんに、あなたのいばしょの活動内容、自殺問題解決へ向けての課題についてお話を伺いました。

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『あなたのいばしょ』は誰でも頼ることができる場所

「2万169人」――これは、「1年間に自ら命を断つ人」の数です。一方、日本国内の新型コロナウイルス感染症が原因とされる死亡者数は、国が発表したデータから約1万8,500人(2022年1月中旬時点)といわれています。この数字をみると、これだけ騒がれている新型コロナウイルスの恐ろしさより、日本の自殺者の多さに問題意識を持たざるを得ません。

近年は、芸能人の自死など、悲しいニュースが続き、漠然とした不安、喪失感を抱えている人も少なくないようです。

大空さんが設立したNPO法人『あなたのいばしょ』では、そういった孤独感、喪失感、不安感を抱える人々の相談に24時間応じています。相談窓口開設からわずか2年たらずで、受けた相談数はすでに約20万件にのぼります。

無料・匿名で誰でも利用ができ、チャットツールを通して24時間365日、年齢や性別を問わず、相談員に相談することが可能となっています。

――相談窓口を開設した当初は、新型コロナウイルス感染症が日本で流行しはじめた時期でしたね。リモートワークや休校などの影響を受け、年代を問わず、孤独感・不安感を抱えた人が一気に増加した時期だったように感じます。実際に相談してくる方々は、どの年代が多いのでしょうか。

大空さん:「あなたのいばしょ」利用者の約8割は、29歳以下の若者です。相談内容はメンタルに関する悩みを中心に、「心が苦しい」「うつ状態である」といったものが目立ちます。

また、ひとり親の方々からも多くの相談が寄せられています。その数を年代別に分けたデータと同列に並べることは難しいのですが、かなりの割合を占めている状態です。

設立のタイミングこそコロナ禍スタート時と重なることとなりましたが、その影響を受けての窓口開設という経緯はなく、現サービスの実現はコロナ禍以前から考えていたものです。私たち団体の活動は、自ら命を断つほど悩んでいる人、虐待や暴力を受けていても誰にも相談できない人、望まない孤独を抱えている人、これら全ての人が確実に信頼できる人間にアクセスできるような「仕組み」を作ることを目的としています。

もちろん、コロナ禍が若年層へ与えている影響は大きく、休校などで人との繋がりが絶たれたことによる「孤独感」の強まりは、活動を通して私自身もひしひしと感じています。

人が自殺に至る理由はひとつではない

「あなたのいばしょ」では、「いばしょ相談員」と呼ばれる国内外にいる相談員が、チャットを使った相談対応にあたっています。設立当初から、その人数は相談数と比例して増え続け、現在では、研修中も含め約500人の「いばしょ相談員」が活躍中とのこと。

所属している相談員のなかには、自死遺族の方もいるそうです。大空さんと同じように、「望まない孤独を抱える人々を助けたい」という志を持った方々が活躍しています。

――先日、「あなたのいばしょ」の活動の一環で、「芸能人の自殺に関する報道機関への申し入れをした」との投稿を拝見しました。チャットによる相談窓口とは別に、あなたのいばしょが行なっている活動について教えてください。また相談窓口以外の活動をすることの重要性についてもお伺いしたいです。

大空さん:私たちNPO法人というのは、相談窓口のような現場支援だけに注力しているわけではありません。政策提言や孤独対策など、政治的・経済的・社会的なシステムや制度に影響を与えることを意識した、対外的な働きかけもしています。

むしろ、活動内容の比率でいうと、7:3の割合で他団体との関係づくり、児童相談所や警察との連携といった対外的な活動の割合が圧倒的に多くなっている状況です。

本来、相談者の話を聞くだけでは、自殺の根本解決は難しいものです。悩んでいる人の話を聞くことはもちろん重要ですが、それは対処療法でしかありません。社会の「仕組み」から変化させなければ、根本的な問題解決には至らないのです。

「孤独」は大きな社会問題、しかし人々の意識は低いまま

大空さんは、まず大前提として、「孤独」が社会問題であるという認識を、世間に広める必要があるとのこと。大空さんご本人が、メディアに出てさまざまな発言・提案をしているのも、認知を広めるためというのが一つの理由となっているそうです。

人々が自殺の原因を考えるとき、いじめ・貧困・DVなど、特定の原因を思い浮かべて分析するケースが多いのではないでしょうか。しかし実際の理由は「そんな簡単なものではない」と大空さんは訴えかけています。

大空さん:自殺の原因というのは、非常に重層的です。いくつもの要因が連鎖的に絡み合い、結果的に自殺が起こってしまう。苦しみや悩みが積み重なっていくことで起こるものであるということを、もっと多くの方に知っていただく必要があります。

相談することのハードル解消が、今後の大きな課題

――これまでも「いのちの電話」など、自殺対策を目的とした窓口が存在したかと思います。しかし、「あなたのいばしょ」では、電話ではなく、チャットツールを使用した連絡方法をとっていますね。社会のいたるところでオンライン化が進み、電話よりもLINEやS N Sのダイレクトメール(DM)が連絡手段の中心となっている状況に、いち早く対応していきたいという想いを感じます。

大空さん:チャット相談を中心としているのは、相談件数の多い29歳以下の方々が気軽にやり取りできるツールであることを考慮しています。反対に、それ以上の世代では、チャットを使うことへのハードルが高く感じられてしまい、「電話の方が相談しやすい」という人もまだまだ多くいらっしゃるのが現状です。

人に相談することのハードルを抱えるなか、しかも死を考えるほど悩み苦しんでいるときに、本人が使い難いツールを選択してもらうことは難しいはず。この先、各世代に合わせた相談窓口に相応しいツールの選択、仕組みづくりを整えるためには、まだまだ取り組まなければいけない課題が山積みです。

相談したい人と、それを受ける窓口をうまくマッチングをさせていくことで、今後少しでも多くの人が「頼ること」にハードルを感じない世界にしていかなければなりません。

孤独や自殺の問題は、残念ながら感情論だけで語っていては、解決に結びつくことは難しい課題です。コロナ禍以降、やっと若者の自殺問題への関心が得られてきたように思います。ですが、実際に以前からある自殺者の統計データをみると、一番自殺者が多いのは中高年男性だというデータがあり、それはいま現在も変わっていません。

若者の自殺問題だけを解決すればいいかというと、決してそうではないことがお分かりいただけるかと思います。中高年男性の自殺者が多くなっている背景としては、働き盛りの世代に責任が重くのしかかり過ぎる日本社会の姿が思い浮かびます。

女性の社会進出の話題についても、世間では注目を浴びていますが、このまま仕組みが整わない状態で女性が活躍するようになれば、必然的に社会の重い責任は女性にのしかかるようになります。そうなれば、いま苦しんでいる中高年男性と同じように、今度は女性の自殺者が増えてしまうでしょう。特定の年代や性別だけを助けるのではなく、幅広い年代に向けた広い視野と確かなエビデンスを持って、これからも「あなたのいばしょ」の活動に取り組んでいきます。

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幅広い世代の声に、耳を傾けている「あなたのいばしょ」。もしも悩んでいることがあれば、いつでも誰でも利用できる……そこにハードルを感じないでいいと大空さんは教えてくれました。誰にも相談できずに自殺の道を選んでしまう人がいなくなる世界を目指した活動をこれからも続けていくとのこと。子どもも大人も、年齢に関係なく「頼ること」への偏見、負のイメージがどうしても付き纏ってしまう世の中。それを払拭するためにも、私たち一人ひとりの意識を変えていくことが今後の課題となるでしょう。

お話を伺ったのは……大空幸星さん(おおぞら・こうき)

1998年、愛媛県松山市出身。NPO法人『あなたのいばしょ』理事長を務める傍ら、慶應義塾大学総合政策学部に在学する学生として、経営者と学業を両立している。
「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望まない孤独の根絶」を目的に、NPO法人『あなたのいばしょ』を設立。内閣官房孤独・孤立の実態把握に関する研究会構成員、内閣官房孤独・孤立対策担当室HP企画委員会などで活動。テレビ・ラジオ番組などへ精力的に出演し、社会問題解決へ向けた政策提案、孤独が大きな社会問題であることを多くの人々へ伝え続けている。

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Text by Aya Iwamoto

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ヨガジャーナルオンライン編集部

ヨガジャーナルオンライン編集部

ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。