ニューヨーク在住の写真家がピットブル(闘犬)の写真を撮り続ける理由

 ニューヨーク在住の写真家がピットブル(闘犬)の写真を撮り続ける理由
Sophie Gamand
横山正美
横山正美
2020-08-05

有史以来人間に寄り添う“コンパニオンアニマル”である犬。あるものは幸せな犬生を全うし、あるものは人間の勝手な都合で捨てられるーーNY在住のフランス人写真家、ソフィー・ギャモンさんは、その捨てられた犬たちの中でも闘犬として恐れられる“ピットブル”に心を寄せ、彼らに新たな家族を見つけるためのポートレートを撮り続けている。そんな彼女が2014年に発表した“花冠のピットブル”の写真が起こした“奇跡”と、小さきものの命を救う「フラワーパワープロジェクト」について話を聞いた。

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まずは下の写真の犬をご覧いただきたい。小さな頭に花の冠をのせ、可愛らしい“笑顔”をカメラに向ける犬——2014年にこの写真が発表されると、瞬く間に世界中で話題となり、アリアナ・グランデ、アシュトン・カッチャー、ジョン・レジェンド、クリッシー・テイゲンら愛犬家セレブたちの心を鷲掴みにした。この仔は、セレブな“スーパーモデル犬”?

ソフィー
ピットブル=怖い、というイメージを払拭する愛くるしい笑顔で世界中を虜にしたブロッサムのポートレート。

答えはNO。この仔は飼い主に捨てられ、NYのシェルターで新しい家族との出会いを待っていた犬で、名前は“ブロッサム”。1980年代から欧米では獰猛な闘犬とみなされ、飼育や公共の場での散歩禁止など“コンパニオンアニマル”の中で最も恐れられ、厳しい扱いを受けている“ピットブル”だ。日本をはじめ世界中で様々な取り組みがなされているこのシェルタードッグ(=保護犬)問題の中でも、特にアメリカではこのピットブルが闘犬として使われた挙句に捨てられるという非情な事例が後を絶たない。そんな彼らと新しい家族との出会いを繋ぐべく、2014年に「フラワーパワープロジェクト」を立ち上げたのが、写真家で活動家のソフィー・ギャモンさんだ。

「ブロッサムはこのプロジェクトのために撮影された“笑顔のピットブル”第1号だったの。彼女と出会う前、誰もがこのプロジェクトは暗くて悲愴なものになるんじゃないかと心配したわ。正直、私自身も自信がなかった。でもカメラを向けた途端“笑顔”を向けてくれたブロッサムを見て、『これは成功する』と確信したの」。

ブロッサムは、この撮影の直後すぐに新しい家族が見つかり、幸せに暮らしていた。しかし、一家のドイツ転勤が決まると、再びシェルターに戻ることに。ドイツはピットブル等を危険種としてみなし、入国を許可しない国の一つだからだ。

ソフィー・ギャルマン
再びシェルターに戻ってきたブロッサム。年老いてはいるが、目には力強い光が。

「その後も引き取り手が現れたわ。ブロッサムはこれまで子犬一匹はおろか、何一つ傷つけたことはなかった。でも、何度引き取られてもまたシェルターに戻されてしまう。皆彼女の過去を知った上で、家族として引き取ると誓ったのに、数週間後にはまた“戻したい”とシェルターに連絡してくるーその繰り返しだったの。だから、どうしてもその理由が知りたくて」と今までブロッサムを引き取り、再び戻した家族たちに理由を聞いて回ったという。そして、遂に終の住処が見つかったと安堵した矢先、引き取られたはずの彼女がひとりぼっちで通りを彷徨っているのをスタッフが発見。

「すぐに引き取り先の家族に連絡したの。そうしたら、“もういらない”って言われたわ。彼女がピットブルだから?人間の身勝手な都合ばかりよ」。

この時のブロッサムはすでに年老いて、病気も患っていたという。「でも彼女の目からまだ強い生命力を感じたわ。だからもう一度花冠を乗せて撮影をしたの。彼女はこのプロジェクトの“顔”で、私にとって思い入れの深い犬だから、どうしても幸せになって欲しくて」。年老いたブロッサムは彼女の友人宅に身を寄せ、現在も終の住処を探しているという(写真上)。しかし、ブロッサムの例が特別な訳ではない。悲しいことに、日本をはじめ世界中には彼女のような犬が大勢いるのが現状だ。

NYへ移住——自らの“使命”を悟る。

フランスのリヨン近郊で生まれ育ったソフィーさんは、大学で法律を専攻後、政府間の国際機関関連の仕事で赴任したスイスのジュネーヴで現在のスウェーデン人の夫と知り合い、NYへ移住。写真は幼い頃から大好きで、独学で学んだという。

「10歳の時、お小遣いを貯めたお金で初めてカメラを買ったの。動物が大好きでよく動物の写真を撮っていたわね。内向的な子供だったから、人と関わることが苦手で、誤解を受けることもしょっちゅう。だから動物と触れ合っている方が気が休まることが多かったの。 動物は、言葉を発しなくてもこちらの意図を汲んでくれるでしょ?魂の繋がりを感じるの」とソフィーさん。そんな彼女は、動物たちの痛みや寂しさを感じる瞬間があるとも言う。

「動物園で檻の中の動物たちの写真を撮っている時、“大自然の中で暮らしていたのに…”と心が痛むときがあるの。彼らの声を代弁することができたら、と思ったことも何度もあるわ」

そしてNY移住直後から街で犬の写真を撮り続け、程なくして“シェルタードッグ”のことを知る。

「アメリカでは毎年数えきれない犬たちがシェルターに捨てられているの。それこそ数100万頭。本当にショックだったわ」

そして実際にシェルターを訪れた時、彼女はピットブルたちの過酷な現実にも直面する。「フランスでもそうだけど、彼らは世界中で”モンスター“扱いされているの。闘犬としてボロボロになるまで戦わされたりひどい扱いを受けている。しかも他の犬種はすぐに引き取られるのに、見た目が怖いピットブルは嫌われる…心が痛むわ」。

世界中で法的に飼育禁止の国もあったり、たとえ認可されていたとしても、マンションやアパートのオーナーや保険会社に特別料金を請求される場合があるなど、ピットブルをめぐる扱いはかなり厳しいものだ。そんな現状に対し、ソフィーさんはこう語る。

「犬種のいかんに関わらず、犬は犬よ。闘犬としてチャンピオンになったピットブルでも、引退後にきちんとした訓練を経て可愛くて賢いペットになった犬もたくさん見てきたわ。もちろん、危険な犬種もいるけれど、それは大抵オーナー(飼い主)がきちんとした知識がないとか、適切な教育しないからいろいろな事故が起きるの。よっぽどの特例でない限り、生まれながらに危険な犬なんていないわ。人間が勝手に犬を“犬種”で差別しているだけ。犬も私たち人間も同じよ」。

訪れたシェルターには、引き取り手を待つ“ADOPT ME”という写真付きのリストがあった。しかしこれを見た彼女は、さらなるショックを受ける。「どの仔も悲しそうに見えたり、怖そうだったり、これじゃせっかく良い仔なのに、新しい家族は見つからないかも知れない」——とその瞬間、頭の中で強く閃めくものがあったという。「家族も友人も全てヨーロッパに置いてNYに来た今の私に何ができる?私にあるのは、夫と写真だけ。だったら、写真でこのシェルタードッグたちのために何かしてあげたい。もっとキレイで可愛く見える写真をとって、この犬たちを助けたい」と、その時自分の果たすべき”使命“を悟ったという。

「フラワーパワープロジェクト」始動

そして手作りの花冠を手に、プロジェクト初撮影のため再びシェルターを訪れたソフィーさんは、“ベイビー”という名の女の子と出会う。性格的に臆病で人見知りが激しく、なかなか慣れないベイビーは、新しい家族との出会いに苦戦していたという。

「私がモデルに選ぶのは、いつも引き取り手がなかなか見つからない仔。初めての撮影でシェルターに行った時、そうスタッフに伝えたら連れてきてくれたのがベイビーだったの」そこでいよいよ撮影のため、ベイビーに花冠を乗せるべく、至近距離で初めてピットブルと接したとき、さすがの彼女でも全身に緊張が走ったという。

「撮影の時も、なかなか私を信用してくれなくて…それに、正直言って生まれながらにして危険な犬はいないと分かっていても、世界中で”危険”のレッテルを貼られたピットブルと直面している、というだけで恐怖を感じてしまった自分もいた。だからまずはお互いの信頼関係を深めるため時間をかけたの。花冠をつけるためには、彼女に触らせてもらわなくてはならないから」。

そして遂にお互いの鼻先わずか数センチの至近距離まで近づき、花冠をベイビーの頭に乗せた。嫌がって冠を振り落とすかもしれないーそう思ってカメラに戻ったが、ファインダー越しのベイビーはただじっと座っていた。

「その姿を見た時、ハッとしたの。“彼らを救いたいんでしょ?自分が怖がってどうするの?可愛い写真を撮って、新しい家族を見つけてあげたいんでしょ?”」と自身を鼓舞しながら、必死にシャッターを切り続けたという。

ソフィー・ギャルマン
ソフィーさんの人生を変えた“ベイビー”。シャイでおとなしい性格のベイビーは、どこか人間のような表情がユーモラス。

こうして出来上がったベイビーの写真をSNSで発表したところ、瞬く間に世界中から大きな反響が寄せられた。「特にピットブルが大好きな人たちから温かいコメントがたくさんきたわ。反対にピットブルが嫌いな人たちからはひどく非難されたわ。賛否両論あって当たり前だと思う。でも、この写真をきっかけに確かに何かが変わった。ベイビーが私の人生を変えてくれたのよ」と「フラワーパワープロジェクト」に手応えを感じたという。

この写真はまた、豪華なサポーターたちをも引き寄せた。「アリアナ・グランデ、アシュトン・カッチャー、ジョン・レジェンド、クリッシー・テイゲン…愛犬家セレブたちが私の活動に共感してサポートしてくれて。特にジョンとクリッシーは、彼らの愛犬の撮影もしたのよ(写真下)。私の作品をインテリア用に購入してくれたりね。これまで虐待されたり、傷つけられたり、暗いシェルターで何年も過ごしてきた私のモデル犬が、世界のセレブリティのインテリアの一部になっている…それだけで胸が熱くなったわ」。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

chrissy teigen(@chrissyteigen)がシェアした投稿 - 2016年 2月月20日午後1時39分PST

そんな“花冠のピットブル”が起こした奇跡はさらに続く。2018年に出版した「PIT BULL FLOWER POWER COFFEE TABLE BOOK」中で、モデル犬たちの引き取り状況を明記したところ、10年以上も新しい家族との出会いを待っていたモデル犬に新たな家族が見つかったというのだ。「しかもその家族はこの仔のいたシェルターから歩いてわずか15分のところに住んでいたの!本当に、運命とは数奇なものね」。幸運なことに、彼女がこれまでに撮影した450頭ものピットブルたちのほとんどが、新たな家族とともに幸せに暮らしているという。

犬——この愛すべき“ソウルメイト”たち

プライベートでも犬と暮らしているソフィーさんは、かつてメキシコから下半身不随の“フリーダ”という犬を引き取った経験がある。

ソフィー・ギャルマン
メキシコでのフリーダ。仲間たちと抱き合って眠るのが日常だったそう。
ソフィー・ギャルマン

下半身付随で歩行困難だった彼女をブルックリンへ連れて帰り、乳母車で散歩したり、ピンクのウィールチェアーを装着してソフィーさんの先住犬(プエルトリコから引き取った)とともに散歩に出かけることも。

ソフィー・ギャルマン
ソフィー・ギャルマン

「彼女のために、ピンク色のウィールチェアー(車椅子)を作ってあげたらとても幸せそうに動き回ったの。時には乳母車に彼女を乗せてブルックリンを散歩したわ(笑)。きっと“ピットブルを乳母車に乗せた頭のおかしい人”と思われていたんじゃないかしら(笑)」。

ソフィー・ギャルマン
花冠のフリーダ。鮮やかな花冠は、まるで彼女の生命力の強さを象徴しているかのよう。

フリーダのポートレートを見ると、その頭には極彩色の鮮やかな花冠が乗っている。3日間かけて特別に製作したというこの花冠は、このフラワーパワープロジェクトへのソフィーさんの覚悟とプライドの証であり、フリーダの出身地であるメキシコへのオマージュでもあるという。

そんな彼女が今、心を寄せているのがシェルターの“老犬問題”だ。彼女が今でも思い出すのが、ミランダという名の老犬だ。

「ずっと家族の一員として犬生のほとんどを過ごしてきたのに、歳をとったからといってシェルターに連れてこられたの。ミランダのような仔が大勢いるのは本当に悲しいわ。その家族にだって、犬との楽しかった思い出がたくさんあるはずなのに」。

ソフィー・ギャルマン
老犬ミランダの頭にも、シックでスタイリッシュな美しい花冠を。

とても思いやりがあって、優しい犬だったというミランダ。しかし、この可愛らしいポートレートが新しい家族に繋がることはなく、シェルターでその犬生を終えた。「確かに子犬は可愛い。でも、ルールを覚えるまでに時間がかかるわ。だけど老犬は新しくトレーニングする必要もないし、それ以上に人間のことを良く分かっている。ほんの少し新しいルールを教えるだけでいい仔がたくさんいるの」——時にそんな現実に胸が締付けれられるという。

犬に寄り添い、共に生きるということ

「私が犬に惹かれる理由はね」とソフィーさんは続ける。「まるで人間の合わせ鏡のようだから。言葉はなくても、餌を欲しがる時の子犬の眼をみれば何をすれば良いのかわかるでしょ?犬は、有史以来ずっと人間の生活と心に寄り添ってきた動物よ。そして人間の事を本当によく理解し、察知してくれる。でも人間は彼らを守り寄り添う一方、血統をコントロールしたり改良する事で新たな遺伝的疾患をもたらしている。人間が創った神話や伝説に登場したり、“忠誠”のシンボルにもなっているけれど、何千年と彼らと付き合っているのに未だに彼らの事をよく理解していない。私は、犬と生活することはお互いを必要としあう事であり、人間の本質に触れるということでもあると思ってるの」。

新型コロナウイルスのパンデミックにより、フラワーパワープロジェクトの活動も現在縮小気味だが、そんなさなかでも7年間も新たな家族との出会いを待ち続けた2頭の犬が引き取られたという。

「活動にも費用にも影響が出ているけれど、できることはたくさんあるわ。でも悲しいことに、今コロナウイルスで家族を亡くした犬たちが増えていて…これからどんどん増えることも覚悟してる。一方で、“ステイホーム”がきっかけで家に犬が欲しいといって引き取られる仔たちも大勢いるけれど。私は、彼らが一時的な感情で引き取られたのではない事を祈ってるわ」と言うソフィーさん。最後にこう締めくくった。「欧米では“Adopt! Don’t Shop!”とよく言うの。もし犬を家族に迎えたいと思ったら、まずはシェルターから引き取る事を考えてみて、という意味よ。犬でも猫でも、動物と一緒に暮らしたいと思ったら、どうかこの言葉を思い出して欲しいわ」。

プロフィール:Sophie Gamand (ソフィー・ギャモン)

写真家/活動家。フランス生まれ、NY在住。独学で写真を学び、ピットブルのポートレートでその名を世界に認知されるようになる。「Sony World Photography Award」(2014)他、受賞歴多数。著書に「Wet Dog」(2015)「Pit Bull Flower Power」(2018)がある。世界中のセレブも愛用する作品やグッズは公式サイト(https://www.sophiegamand.com)から購入可能。売り上げの全ては「フラワーパワープロジェクト」の活動に役立てられる。アーティスティックで可愛らしい犬たちのポートレートが満載のインスタグラム@SophieGamandも必見だ。活動へのサポートはこちらから:Patreon (英語のみ対応)。

ライター/横山正美

ビューティエディター/ライター/翻訳。「流行通信」の美容編集を経てフリーに。外資系化粧品会社の翻訳を手がける傍ら、「VOGUE JAPAN」「etRouge」(日経BP)「NikkeiLUXE」等のメディアでセレブリティインタビューを始めビューティ関連の執筆活動中。

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