【薬物中毒、母の死、事故による片脚切断…】ヨガに出会い「僕から自信を奪ったもの」を許せるまで

 【薬物中毒、母の死、事故による片脚切断…】ヨガに出会い「僕から自信を奪ったもの」を許せるまで
Robert Sturman
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脚を失ったこと

僕は18歳まで生きられるとは思っていなかった。それから僕は善行をしていて、懸命に取り組んでいた。やりがいを感じていたからだ。そんな時に事故が起きた。二度と娘に会えないかもしれないと思うと、怖くてパニックになりそうだった。自分が生き延びられるかわからなかった。その後、数回の手術を受けて、ようやく希望が見えてくると、この先どんな人生が待っているのかと考え始めた。当時は歩く時の生態力学を学ぶためだけにテレビを観ていた。またゼロから歩き方をおぼえる必要があったからだ。誰もが持つような感情や疑問もわいてきた。今の自分を愛してくれる人に出会えるのか? セックスはどうなるんだろう? どうやって動き回ったり、日常的なことをすればいいのか? 大学には行ける? 卒業はできるのか? それでも生きているだけで幸運なことは十分にわかっていた。脳に損傷はなかったし、若いから、まだできることはいろいろある、と。

僕は新たな視点でものごとを見られるようになった。喜びが内側からあふれてきて、オーラのように自分の周りで輝いている感覚があった。人に言わなくても、相手が気づくほどそれは明らかだった。まるで磁石のように人々が僕に寄って来るんだ。どこに行ってもみんなが触れてきて「あなたは素晴らしい」とか 「すぐに結婚したい」と優しい言葉をかけてくれる。僕はいつも満面の笑顔だったよ。呼吸していることがただ嬉しかった。

脚を失ってから1年が過ぎた頃、僕は学校に通い始めた。昔も良い生徒だったけれど、さらに良い生徒になった。人生には限りがあると身をもって知ったことで、何を優先すべきかを考えるようになった。ものごとは、ほんの一瞬で変わる可能性がある。だからこそ時間の使い方を常に意識するようになった。

Winni Wintermeyer
Winni Wintermeyer

自分のための練習

脚を失った後は、もうヨガができないかもしれないと不安だった。もちろん前と同じ練習はできないので、やり方を変える必要があった。リストラティブヨガは僕にぴったりだった。練習を始めた頃は、すべて完璧にやらなければと思っていたけれど、それは間違いだ。今はありとあらゆる特徴や体型、能力を持つ人たちがヨガを練習している。僕の練習は他の人のように優雅に見えないかもしれないし、全く違うかもしれない。それでもいいんだ。僕の練習は僕のためのものだから。

司法制度に関わる仕事について

僕は警察から嫌がらせを受ける地域で育った。それでも警察を指揮する人間と一緒に働かねばならない。その葛藤をコントロールしながら仕事をしている。誰かがやらなきゃいけないんだ。僕がやらないなら、誰がやる? そんな風に常に自分と綱引きをしている。僕は弱者側の人間だからね。

ある時、僕は大学教授の一人にこう言ったんた。「市がホームレスシェルターを取り壊したので、ハワイ市長のために働くポジションは断りました。教授は僕たちを政府期間で働くように促すけれど、自分の価値観に反するものと手を組むなんて無理です」すると教授はこう言ったんだ。「でも、あなたがやらなくて誰がやるの? 賢くなりなさい。問題に情熱的に取り組める人こそ、その役割を担うべきなの」

Winni Wintermeyer
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By Lindsay Tucker
Translation by Sachiko Matsunami

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ヨガジャーナルアメリカ版

ヨガジャーナルアメリカ版

全米で発行部数35万部を超える世界No.1のヨガ&ライフスタイル誌。「ヨガの歴史と伝統に敬意を払い、最新の科学的知識に基づいた上質な記事を提供する」という理念のもと、1975年にサンフランシスコで創刊。以来一貫してヨガによる心身の健康と幸せな生き方を提案し続けている。



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