30代で余命宣告を受けた写真家・幡野広志さんが「幸せになるために『損得勘定』は必須」と語る理由

 30代で余命宣告を受けた写真家・幡野広志さんが「幸せになるために『損得勘定』は必須」と語る理由
撮影:幡野広志

SNSが生活の一部となっている昨今、人と比較して自分の足りないところに目を向けてしまうことが増えていないだろうか。「まだ足りない」「もっと幸せになりたい」と思いながらも、なにが足りていないのか、自分にとっての幸せがなんなのかわからない。そんな人生の悩みを数多く聞いてきた人がいる。写真家の幡野広志さんだ。

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幡野さんは写真家で、一児の父で、余命宣告を受けた血液がん患者だ。幡野さんが自身のガンについて公表したところ、多くの人からSNSを通じて悩み相談をもらうようになった。答えているうちに、人生相談の連載が始まり、今まで1000人以上の悩みに回答してきた。大きな病を抱えながらも、事実を受け止め、そのうえで今をめいっぱい楽しんでいるように見える幡野さん。その芯の強さはどこから来るのか。

幡野さんの著書、『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』の中にも、こう記している。「(主食の)ご飯が美味しけりゃ、おかずは焼き魚でもトンカツでもなんでもいい。僕にとっての人生の主食は「自分を好きでいる」ということなんだと思う」。

幡野さんに「人生を楽しむために、自分を好きでいる」ための考え方や、心の持ち方について聞いた。

「人から好かれたい」気持ちを手放すと自分を好きになる

―『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』良いタイトルですね。幡野さんの日常が見えるような本だと思いました。

幡野さん:息子には、自由に生きてほしいと思っています。でも、それをいつまで直接伝えられるかわからない。だから、書籍は「父の一次情報」として、思考や生き方などを息子に伝えるつもりで書いています。今回の本は、これまでと違って、僕の日常を描く中で、自由に生きている姿を前面に出せたんじゃないかと思っています。

―当事者の発言や、「一次情報」にこだわられていますよね。

幡野さん:親を幼少期に亡くした方々に話を聞きに行って、親に生前何をしておいて欲しかったと訊ねました。そうすると、多くの方が「どんな人だったのか、知りたかった」と。それを聞いて、自分の言葉で息子に僕の情報を残したいと思いました。

親が亡くなったとき、子どもはたびたび「お父さん(お母さん)の分まで頑張って生きるのよ」とか「天国から見守ってくれているから」とか周囲から言われると思うんです。でも、それが呪いの言葉になる可能性があるんだな、と、親を早くに亡くした方の話を聞いて感じています。「亡くなった親のために」と葛藤する方は意外と多い。亡くなった人の考えを勝手に推測して、それに囚われて生きるのは窮屈ですよね。息子には自分の人生を楽しんでほしいんです。

幡野広志
撮影:幡野広志

―幡野さんは人生を楽しむための基本として「自分を好きでいる」ことが重要だと著書に書いていらっしゃいますね。「自分を好きでいる」ことができずに悩んでいる方は多いと思います。

幡野さん:自分のことを好きになれない人は、人から好かれようとしている人なんじゃないですかね。「自分が大好き」で、人生を謳歌している人は、だいたい周囲から疎まれたりしている(笑)。僕の経験上なので、一概には言えませんが。自分のことを抑えて生きている方が、周囲とはうまく馴染めると思いますよ。みんなから嫌われたくないって、生存本能としては正しいとも思います。江戸時代くらいまでは、周囲とうまくやっていかないと生きていけないということもあったかもしれませんが、今は令和ですから。嫌われたり疎まれたりしても、生きていけると思うんです。

僕はそもそも「好かれる」ということに重きを置いていません。小さいころから褒められたことがなかったからかもしれませんね。だから「人に好かれる」よりも「自分を好きでいる」ことを優先できています。ねたまれても、嫌われても、自分のことを好きでいた方が良い。だって、誰も僕の人生を保証してくれませんからね。

自分も相手もラクになる方法は「加点方式」の思考

―人から嫌われたくない、という気持ちをすぐには手放せない人も多いと思うのですが。

幡野さん:「嫌われたくない」と思うことって、他人の価値観を主軸にしているということですよね。自分を主軸にしていない人で、幸せそうにしている人って、見たことありますか? 僕はないんですよね。若いころは仕方ないですけども、年齢を重ねれば重ねるほど、周りを見渡して「自分の軸を大切にしている人が幸せそうだ」と答え合わせできると思います。

―お子さんに「好かれたい」と思ったりしませんか。

幡野さん:息子から嫌われるようなことを、わざわざしませんが、かといって好かれたいから何かするってこともありませんね。好きな人に対して、自分がやりたくてやったことが、結果的に良い関係につながっている、という感じです。好かれたくて何かを我慢してやるってことではないんです。

しかしこれは、もしかしたら男性と女性で変わるのかもしれませんね。これも一概に言えないですけど、女性のほうがコミュニティが強いことが多いと思うので。僕は息子のママ友たちとのSNSグループに入っているのですが、見ていると「嫌われたら大変なんだな」と感じることがあります。

―そんなとき、幡野さんはどうしているのですか。

幡野さん:外交だと思っていますね。日常生活を円滑にするための外交。とくに、息子の生活に直結してくることには、気を使っています。学校の行事や、近所での買い物、息子の送迎時などは、外交の場です。家族の悪口を言わない、パジャマで出歩かない、お酒のある席であったとしても酔っぱらわない等、自分を律しています。外交ですから。

―自分のアイデンティティとは切り離して、必要なことだと割り切っている感じですね。良くも悪くも、人に期待をしないというか、甘えない強さを感じます。

幡野さん:妻にも、子どもにも期待はしないです。自分が、期待されるのが嫌なんですよね。仕事は別です。仕事は、期待があるから依頼がくる。だからそれには応えたいと思っています。でも、プライベートではそうじゃない。人生をラクにしようと思ったとき、期待ってすごく重くないですか。

期待をする人って、満点からの減点方式の考え方で相手を見てしまっているんですよね。90点を期待していた場合、85点であっても、差分の5点が気になっちゃうでしょ。85点でも十分高得点なのに。減点されると思うと、人はすごく苦しくなります。

僕は基本的に、加点方式で考えているんです。ゼロから考えると、何か少しでもできれば、全部加点になります。だから、息子のこともめちゃくちゃ褒めています。たまに「うちの子は〇〇ができない」とか「△△が苦手で」などと悩む方がいるけれど、減点方式で見ているからだと思います。ゼロから始まる加点方式にすれば、減点されることなんてありません。積み上げるだけですから。何かできるたびに、喜べるんです。人に期待しないのは、加点方式の考え方をしているからです。

―期待することは、人と比較しているってことでもありますよね。

幡野さん:他人と比較する必要ないんですよ。だって、年齢、身長、体重、視力、経験など全部同じ人なんていないわけですから、意味ないと思うんです。チーターと自分を比べて「足が遅い」なんて言わないでしょ。とはいえ、写真家とか、ライターとか、ママとか、同じような属性の人が近くにいると、やっぱり比べてしまいますよね。そんなときは、できるだけ離れた方がいいと思います。他人と比べ出したな、と自覚したら、近しい属性の人たちから離れる。

比較されている方も嫌な思いをしているかもしれないですよ。僕は写真家やライターの方から比較対象として見られることがあります。比較されて評価されるのも、比較対象にされて妬まれるのも、どちらも気持ちのいいものではありませんよね。だから、僕自身も他の人と比較することはしません。

幸せになるために「損得勘定」は必須

―幡野さんに憧れる方もいると思います。憧れも、ある意味では比較していることなのかなと思うのですが、憧れも結局は自分を苦しめる感情でしょうか。

幡野さん:憧れは良いことだと思いますよ。僕にも憧れている人はいます。憧れの対象になった場合は、アドバイスができるんですよね。人は比較してしまう生き物ですから、それ自体はしかたない。そんなときは、過去の自分と比較するといいと思います。妬むという感情になると、妬む人も、妬まれる人も、とにかく“下がり”ますよね。これは良くない。

みんなもっと「損得勘定」で考えるといいと思うんです。自分も得して、相手も得する方法を取ることが最善じゃないでしょうか。たまに「人のために」と滅私奉公してしまって、自分が損をしてしまっている人もいますけど、自分を削ってしまっては意味がない。自分も相手も、どちらも得する方法でしか、幸せになれないですよ。

はたのひろし
撮影:幡野広志

「マナーを守っていない人がいたら、注意しよう」とか「いじめられたら、たたかえ」とか大人は子どもに言いますが、それって誰が得するんでしょう。ドラマや漫画の世界では、殴りあって友情を深める……なんてストーリーもありますけど、現実世界では、殴り合って分かり合うなんて、あまりないですよね。ちゃんと「自分がどんな得や、損をするか」は考えた方が良いと思うんです。

―損得勘定で行動を決めると聞くと、なんとなく嫌悪感が湧くのですが……

幡野さん:「損得勘定で動くな、他人のために貢献しろ」って、相手をコントロールするために、都合のいい言葉だと思いませんか。なんとなく正しそうだし、理想的なように聞こえますよね。損得勘定って言葉に抵抗があるのは、そもそも相手が得することを許さないって感情にもつながっていると思うんです。これは妬みの感情を産むことになります。学校でも、会社でも「損得勘定で動くな」ってよく言われているから悪いことのように感じるかもしれないですけど、まずは「損得勘定で動いた方が良い」って考えるようにした方が良いと思います。

―なるほど。苦手な人がいたら「離れる」が正解でしょうか。

幡野さん:離れられるなら、離れた方が良いですけど、たぶん簡単に離れられないから苦しんでいる人が多いんですよね。僕がおすすめしている方法は「褒める」です。しかも、その人を直接褒めるのではなく、周りの人に「〇〇さんって、段取り上手だよね」などと褒めるんです。たぶん、そのうち、その人にも伝わります。そうすると、その苦手な人との関係が変わる可能性があります。周りの人から嫌われている人って、だいたい褒められ慣れてないから、褒めてくれる人のことを大切にしようとするんです。

ドラえもんのジャイアンを想像してもらいたいのですが、ジャイアンって親からいつも理不尽に怒られてゲンコツを食らわされている。ジャイアンのことを褒めてくれる人がいたら、暴君にはならなかったんじゃないかな。

「褒め作戦」が効かなかったら、しっかり話し合う。もしくは気付かれないように離れていくしかないと思いますね。

―急に褒めたら、わざとらしくなりませんか?

幡野さん:普段から、人を褒めている人でないと、効果はないでしょうね。めったに人を褒めない人だと、怪しいでしょ。人を褒めることができる人って、結局はその人自身が周りから褒められている人なんです。

これ、ありがとうも同じです。ありがとうって言える人は、周りから感謝されている人なんです。感謝も褒めも、お金と同じで、収支のバランスが大切で、使わないと入ってこないし、入ってこないと使えない。まずは自分から感謝したり、褒めたりすることが大切だと思っています。

「やりたいことがわからない」なら、自分でお菓子を選ぶことから始める

―基本的に「Give(自分から動く)」の思考なんですね。

幡野さん:それは絶対に「Give」ですね。自分にとって心地よいことは、やってほしいと思う前に、まずは自分が人にやればいいんですよ。面白い人の周りには面白い人が集まるように、類は友を呼びます。

この話をすると「私はつまらない人間なんですが、どうすればいいですか」と聞いてくる方がいます。面白さはインプットで後から学習できます。面白くなりたいなら、面白い人と一緒にいればいい。だけど、そのためには自分が面白くある必要があります。まずはお笑いや落語を、YouTubeで見てみればいいんじゃないですか。「この人みたいになりたい」って人の真似をして、面白い話を周りの人にしてみてください。人を頼って、面白くしてもらおうなどと受け身でいるのではなく、自分ができることをやっていった方がいいですよ。

―自分の好きなことや、なりたいものがわからないって人が多いと思うのですが、そんな時はどうすればいいと思いますか。

幡野さん:これは僕のこれまでの経験で言っているだけなので、正しいかわからないけれど、「好きなことがわからない」っていう人は、子どもの時に、親に全部決められてきた人なんじゃないかと思います。自分で決めることをできなかった人。親が「これしなさい」と全部指示してきたから、大人になってから決めるときも、自分の意見ではなくて、周りの人の顔色を窺ってしまうんじゃないかな。親だけじゃなくて、先生とか、友達の場合もありますよね。一緒にしないと、仲間外れにされたりして。自分の好きなものをちゃんと選べる人って、あんまりいないと思いますよ。

撮影:幡野広志
撮影:幡野広志

―そんな人が今からでもできることってありますか。

幡野さん:子どもの時に好きなものを選べなくて、大人になって自分の好きなこともわからないって人は、今からでもいいから自分でひとつひとつ選びなおすしかないんじゃないでしょうか。例えば、自分の好きなお菓子を選ぶ。好きな洋服を着る。1つずつ、選ぶことに慣れていくしかないですよね。

最近、世界史を勉強しなおしているんです。その中で、気付いたことがあります。それは、人間は「奴隷」つまり自分の思う通り動く人が欲しい生き物なんだな、ということです。戦争が勃発する理由は、経済的な理由だけでなく、奴隷が欲しいからじゃないかな。「人のことを支配したい」という欲望を、多かれ少なかれ持っているのが人間だと自覚して、意識的にそこから脱したいと思っています。

「人を支配したいと思っている人が少なからずいる」という事実を知ることで、自分が奴隷にならないように気を付けられるでしょう。もしも自分が、相手に言うことを聞かせようとしている場合はブレーキをかけられるかもしれない。ちゃんと自分の主は自分しかいないと肝に銘じて、誰かの奴隷にならないようにしたいですよね。それこそ「自分のことを好きでいる」ことにつながるのではないでしょうか。

Profile|幡野広志さん

撮影:幡野優
撮影:幡野優

1983年、東京生まれ。写真家。2004年、日本写真芸術専門学校をあっさり中退。2010年から広告写真家に師事。2011年、独立し結婚する。2016年に長男が誕生。2017年、多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。近年では、ワークショップ「いい写真は誰でも撮れる」、ラジオ「写真家のひとりごと」(stand.fm)など、写真についての誤解を解き、写真のハードルを下げるための活動も精力的に実施している。著書に『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)、『写真集』(ほぼ日)、『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』(以上、ポプラ社)、『なんで僕に聞くんだろう。』『他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。』『だいたい人間関係で悩まされる』(以上、幻冬舎)、『ラブレター』(ネコノス)がある。

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インタビュー・文/仲真穂

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ヨガジャーナルオンライン編集部

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ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



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