4人に1人が経験する中絶。なぜ日本では800円の薬で中絶できず、手術が必要なのか

 4人に1人が経験する中絶。なぜ日本では800円の薬で中絶できず、手術が必要なのか
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日本の義務教育では避妊について習っていても、中絶について習った記憶がある人は少ないのではないだろうか。私自身も、どれだけの人が中絶をするのか、どういった中絶方法があるのかを習った記憶はない。

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私自身も、どれだけの人が中絶をするのか、どういった中絶方法があるのかを習った記憶はない。では中絶の方法をどうやって知ったかというと、テレビやドラマを通してだ。どうやら中絶する際には、パートナーの同意書が必要らしいとか、数十万の手術がマストで保険は適用されないらしいとかいった情報を、フィクションを通して知った。当時はその中絶方法しか知らなかったため、なんの疑問も持っていなかった。

WHOに警告を受けている「時代遅れの手術方法」がスタンダードな日本

大人になって、どうやら日本の中絶方法は先進国ではかなり遅れているらしいということを知った。

日本では現状、掻爬手術という胎児を掻き出すタイプの手術が主流だ。掻爬は、「身体への負担が大きい危険で時代遅れの手術」だと20年前から言われているもので、WHO(世界保健機関)からは中止するよう勧告を受けている手術だ。

また、WHOは中絶する際に、第三者(配偶者など)の同意を義務づける法律の廃止も求めているが、日本は未だに配偶者の同意を義務付けている。

先進国の安全な中絶のスタンダードな方法は、経口中絶薬による中絶であり、薬を飲むだけで安全に中絶することができるものだ。薬の価格は世界平均で800円程度となっている。

日本の中絶手術が平均10万〜40万程度かかることを鑑みると、より安全性が高く、安価な中絶方法である中絶薬がいち早く導入されるべきだ、と思える。しかし、現状、中絶薬は許可されていない。

なぜ日本では、長年、危険で時代遅れの手術の存在が黙認され、中絶薬の導入が進まなかったのだろうか?

中絶に対する処罰感情は、中絶を減らさず、「安全な中絶」を減らす

『中絶がわかる本 MY BODY MY CHOICE』(ロビン・スティーブンソン著 塚原久美訳 アジュマブックス)は、世界中の中絶の歴史をティーン・エイジャー向けにわかりやすく記した一冊だ。

中絶がわかる本
『中絶がわかる本 MY BODY MY CHOICE』ロビン・スティーブンソン・著、塚原久美・訳(アジュマブックス

本書が書かれたきっかけは、ドナルド・トランプの大統領就任だったという。トランプは大統領選挙の最中に、中絶した女性には「何かしらの罰」を与えるべきだと主張しており、トランプ政権の誕生に押されて、いくつかの州では、中絶反対法案が提出される事態となった。結果的に、テキサス州では2021年9月に中絶を禁止する州法が施行されている。

自分が住んでいる州で中絶ができないとなれば、中絶を断念するのか? ほとんどの場合、そうはならない。

本書では、中絶が禁止されている国の女性は、中絶を選択できる国に住む女性に比べて、中絶する割合がわずかに高い、という統計が紹介されている。自分の国や州で中絶が禁止されたなら、中絶が合法の国や州に移動して中絶薬を入手したり、手術を受けたりするだけなのだ。

ただ、すべての女性に、合法のエリアに移動できる経済力や知識があるわけではない。結果的に、経済力のない女性は、非合法な手術を受けたり間違った中絶方法を試みたりして、命を危険にさらすことになる。

人権派弁護士のグロリア・オールレッドは、自身のドキュメンタリー番組で、中絶が禁じられていた時代の経験について語っている。グロリアは、レイプによって妊娠し、闇の中絶手術を受けたために大量に出血。生死の境を彷徨ったという。手術の後、担当看護師は、「いい勉強になったね」と言い放ったそうだ。(※1)

「中絶した女性には何らかの罰があるべき」と考える人にとっては、痛みを伴う危険な手術は妥当だと感じるのかもしれない。日本に中絶薬の導入をしぶる医師のなかには、「安易な中絶」を懸念する声もあるが、つまりは「痛みや危険の少ない、中絶をしてほしくない」という処罰感情が働いているのだろう。もしくはもっと単純に、千円の薬より、数十万の手術の方が儲かるから、かもしれないが。

繰り返しになるが、中絶を禁止しても、中絶方法を制限しても、中絶はなくならない。なくなるのは、安全な中絶だけなのだ。

妊娠の4件に1件は中絶。頻繁に行われている医療行為である中絶の語られにくさ

ところで、中絶はどれくらいの女性が経験しているものなのだろうか。本書によると、世界中では妊娠の4件に1件は中絶に終わっており、そのうち半数は安全でない中絶を行なっているという。また、北アメリカでは、45歳までに女性の4人に1人が中絶を経験するという統計もある。

つまり、中絶はよくあることなのだ。よくある医療行為であるにも関わらず、スティグマがつきまとうため、おおっぴらには語られにくい、という実態がある。

ジャーナリストで作家のキャトリン・モランは、著書『女になる方法 ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(北村紗衣訳・青土社)で、自身の中絶経験について語っている。彼女は、既婚でひとりの子どもがいる段階で妊娠し、もうひとり産み育てることを望まなかったため、中絶薬を飲むことを選択した。キャトリン・モランの文章は、フラットに中絶経験を描写しており、フィクションで描かれがちなトラウマ級の罪悪感やジメジメした空気とはかけ離れたものだ。彼女がこのエッセイを書いたのは、平凡でよくある経験である中絶手術のスティグマをはがす意図もあったのだろうと推察される。

中絶経験がスティグマ化され、語られにくいものである限り、医療現場の実態はうやむやになり、安全な中絶の権利が脅かされても、声を上げることはできなくなる。

安全な中絶方法にアクセスできる日はいつやってくる? 中絶方法を決めるべき専門家とは誰か

現状、国によって安全な中絶方法へのアクセスのしやすさには大きな開きがある。日本の状況は、いいとは言えない。

まず、中絶以前に、望まない妊娠を防ぐ対策がなされていないという現状がある。

たとえば、スウェーデンでは、21歳以下の若者にはすべての避妊法が無料で提供される(ちなみにコンドームは避妊方法としては失敗率が高いとして他の避妊法との併用が推奨されている)。イギリスでは全年齢の人に処方箋さえあれば避妊方法が無料で提供される。

日本を除く主要先進国7カ国では、緊急避妊薬(アフターピル)を処方箋なしで、薬局などで購入することができる。値段は800円から5000円程度だ。フランスとドイツでは若年層は無料で入手できる。

日本では緊急避妊薬を入手するためには処方箋が必要であり、価格は6000円から2万円だ。会社を休んで病院に行かなければならず、学生の場合は、親に無断で学校を休めずに病院に行けない場合も考えられる。緊急避妊薬はできるだけ早く飲むことで効果が高まる。つまり、日曜祝日で病院が閉まっている場合、刻一刻と妊娠リスクが高まることになる。

そもそも望まない妊娠をするリスクが高い状態にさらされ、結果としてアクセスできる中絶方法は、時代遅れで危険度の高い高額な中絶手術、というのが現在地……なのだが、2021年末、イギリスの製薬会社が、日本国内で中絶薬の使用を認めるよう、厚生労働省に申請したというニュースが報道された。

日本でも、安全かつ安価な方法で中絶ができる可能性がでてきたのだ。

これに対し、日本産婦人科医会の木下勝之会長は、「医学の進歩による新しい方法であり、治験を行ったうえで、安全だということならば、中絶薬の導入は仕方がないと思っている。しかし、薬で簡単に中絶できるという捉え方をされないか懸念している」また、「薬の処方にかかる費用について10万円程度かかる手術と同等の料金設定が望ましい」と述べた。

「仕方がない」「10万円程度が望ましい」。これまでと同様の、高額で危険な手術を続けたい、という意図が明確なコメントだ。

ほんとうに、より安全な中絶方法が導入されることが「仕方がない」ことなのか。800円程度の中絶薬を10万円で売りつけることで、被害を被るのは誰か。

真の専門家に意見を聞く必要があるだろう。この場合の専門家とは、危険な手術で利益を得てきた、望まない妊娠をする可能性がゼロの人のことではない。中絶を経験した人、または望まない妊娠の恐怖を一度でも感じたことがある人のことだ。

(※1)

ドキュメンタリー『グロリア・オールレッド 女性の正義のために』Netflix

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原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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