空前の「自己肯定感ブーム」とどう付き合うべきか|精神科医・臨床心理士が語るヨガの話

 空前の「自己肯定感ブーム」とどう付き合うべきか|精神科医・臨床心理士が語るヨガの話
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南 舞
南 舞
2020-10-21

精神科医の中野輝基先生、麻酔科医の中野陽子先生、教育現場を中心として活動する臨床心理士の太田千瑞先生、そして同じく臨床心理士の筆者。様々なバックグラウンドを持つ4人の共通点は、ヨガ講師である事。メンタルヘルスの現場に関わる専門家という立場から、ヨガとメンタルヘルスの関係性、メンタルヘルスとヨガをどうつなげていくかということについて対談している様子を、シリーズでお伝えして行きます。前回から引き続き【ヨガと自己肯定感】ついてお話しします。今回はどんな話になるのでしょうか。

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自己肯定感ブーム、ヨガ講師に求められることは?

太田千瑞(以下、太田):最近は、自己肯定感について興味を持ち、クラスの中に取り入れるたり、ご自分のSNSなどを使って発信するヨガの先生たちも増えてきていますよね。

:そうやって興味を持ち、勉強するのはとっても良いことだと思っています。前回の対談でも話したけど『自己肯定感を高めるため』が目的になり、それを生徒さんに強いることや、先生自身が「ヨガの先生だから自己肯定感が高く、完璧な人間、何でも与えられる人にならなければいけない」のかというと、それはちょっとちがうと思うんです。大事なのは、先生側は生徒が自己決定できるように導くということと、あとは寄り添うこと。生徒さんが伝えたい思いに対して自分の意見を述べるのではなく、受け止めること。自分の意見を言うとしたら「私はこう思うけど、最終的にはあなたが決めていい」というニュアンスが伝わることなんじゃないかな。

中野陽子(以下、陽子):そうだよね。この間も話したけど、ヨガの先生は万能じゃないからね。そうあることをどうしても求められがちだけど。

太田:見方を変えれば、ヨガの先生自身がアドバイスをすることで自尊感情・自己肯定感が満たされるみたいなところもあるんじゃない?って私は日々思っている(笑)。でもそれって誰のため?ってなってしまうよね。「ヨガで自己肯定感が高まる」というこの自己肯定感ブームと私たちはどう付き合って行ったら良いんでしょう?

中野輝基(以下、輝基):自己肯定感のことも含めてだけど、【気づき】が起きるタイミングって人それぞれだよね。だから、自分が相手の中に変化を起こそう!ではなくて、相手のペースに合わせてあげられるような距離感の取り方が大切。他には、マイナスになりすぎるところをストップかけてあげるとかね。答えを与える必要はなくて、生徒さんが変化していくために不可欠な信頼関係を築くことが大事なんじゃないかな?

陽子:マイナスのことをストップするって結構難しくない?そういう時って先生たちはどうすればいいのかな?

:何か特別なことをしようとするよりも、生徒さんの「ネガティブ・マイナスに考えてしまう」というその状況を受け止めようという姿勢を持つことじゃないでしょうか。カウンセリングでは、変化するためには、まずは信頼関係を築くことが大事と言われていて。スキルがあっても、信頼関係が築けなければ話も深まって行かないだろうし。もし何か伝えたいことがあってアドバイスするなら、その後なのかなと。生徒さんとの間に信頼関係ができると「あ、そうかもしれない」と先生のアドバイスを受け入れられて、結果マイナスになりすぎるのをストップできるとかね。

陽子:なるほどね。ストップをかけられるかどうかではなく、まずは信頼関係を築くところから始めないといけないってことか。

輝基:信頼関係で思い出したんだけど、最近話題になってきている【ポリヴェーガル理論】と絡めて考えると、安心・安全を感じさせてくれる=信頼できるということで、生徒さんが「この先生なら信頼できる」と思ってくれるように、スタジオの雰囲気などを含めてレッスンを行なってくれる先生=自己肯定感を高められる先生なのかなって思ったり。

:そういう先生って恐らく「自己肯定感を高めてあげよう」と思ってレッスンしてないですよね。目の前の生徒さんを見ようとしているんじゃないかな。結果的にそれが変化になって表れるというか。

ヨガをするものに求められる姿勢とは

輝基:人から言われてハッと気付くということではなくて、自分の中での気づきを重ねる中で、人として完成していく。それがヨガの中での自己肯定感が高まるということなんだろうな。

陽子:わたしが思うのは、ヨガは自分の軸を作り上げる一要素なんじゃないかなと。ヨガの先生に求められるのは「軸とはこういうもの」「軸はこうやって作るんですよ」ということを示すのではなく、軸ができるまでにはそれぞれのスピード、ゴールがあるということを理解し、自分とペースが合わないからといって否定したり無理に介入する必要もないってことどちらかというと、さっき言ってたみたいに、寄り添うことなのかな。

:こっちが何かするというよりも、サポーターでいるイメージが近いかなと思います。サポーターの存在って、安心しますよね。特に何かをしてくれるわけではなくても、自分が必要な気づきの時にいてくれて、深めてくれる。自分自身が先生として生徒さんの目の前に立つときは、そういう存在でありたいなと心がけて行動しています。

太田:何か生徒さんに影響を与えるような言葉を言うだけじゃない、雰囲気や姿勢もとても大事ですよね。これは生徒さん側に必要な事だと思うんだけど、先生から言われたアドバイスも受け取ってから一回寝かせてみて、それによってどんな気づきを得たか?とかね

輝基:自分のものにできたかということだよね。人から与えられたものって以外と継続しないものなんですよ。例えば、自分が信頼している先生に言われたことであっても、自分の中でしっくりこない時もあるでしょう。そんな時は、自分の中で「先生はこう言ってたけど、私の場合はどう?」と1回寝かせて、結果違う形で完成していく。それもありだと思うんだよね。

陽子:もし「この先生の言ってること、正しいと思うんだけど、なんかしっくりこない」と思っている方がいたら、それは悪いことじゃない。ヨガの先生も人間だから、合う・合わないの相性はあると思います。だからこそ色々な流派の先生に出会ったり、色々なスタジオに足を運んだりして、自分に合う人・空間を見つけることが大事なんじゃないかな。こんなご時世だけど、だからこそチャンスかも。オンラインでのヨガレッスンも増えたし、国内外問わず、いろんな先生のレッスンを受けやすくなってるし。

心の専門家として、レッスンの中で気をつけていること

輝基:レッスンのはじめに話す小話にも先生のカラーが現れるよね。何か意識していることってある?

:私の場合は、あまり侵入的にならないようにすることですかね。私はこう思うけど、皆さんの捉え方や考え方は自由であっていいということがメッセージとして伝わるように心がけています。輝基先生は?

輝基:僕はふざけてるので、逆いじりというか(笑)高齢者施設でヨガを指導していることが多いので、場を仕切ってくれそうな方と漫才見たいな掛け合いをしたりすることも。

:それ楽しそうです!必ずしも深い話、オチのある話をしなくてもいい。先生によってカラーもありますしね。

太田:私の場合は、先生=学びを与えてくれる人っていう印象が強いけど、何かを得るために大切なのは、実は主体的であることが大事ってことが伝わるように、伝わるといいなって思って、一方的ではなく、対話的なコミュニケーションになるよう心掛けています。

陽子:みんなそれぞれ色がある(笑)まとめると、軸を見つけるのは自分自身であって、誰かに介入されるものではない、自分が主役となってやることなんだろうね。先生ができることを考えるとすれば、生徒さんと信頼関係を作って寄り添う、クラスが安心安全だと感じてもらえるようにしていくことが大事。

太田:先生も生徒も自己肯定感にとらわれず、本来ヨガで大切とされている呼吸に意識を向けていくこと。人生そのものがヨガですからね。

:ヨガを継続的に行うことが結果として自己肯定感の高まりという恩恵になるかもしれないくらいに、あまり期待せずに思っておくと苦しくないかもしれないですね。

2回にわたって、【ヨガと自己肯定感】について取り上げてきました。高める事に捉われず、ヨガを通して【今、この瞬間に起きる感覚】を体験し観察し続けていくことの方が大切なのかもしれませんね。次回の対談もお楽しみに!

プロフィール

中野輝基さん
精神科医・MBA・RYT200・ Accessible Yoga Teacher
2018年よりMEDCAREYOGAを設立し、共同代表に就任。超高齢社会におけるコミュニティー造り・ヨガをよりアクセシブルにすることがライフワーク。フレイルヨガ®を様々な場所で提供し、地域のソーシャルキャピタルを造成している。

中野陽子さん
日本麻酔科学会専門医/産業医・E-RYT200/YACEP・ Accessible Yoga Teacher
2018年にMEDCAREYOGA(メドケアヨガ)を設立、代表に就任。医療とケアとヨガの概念を融合し、人種、性別、障がい、社会的背景に関わらずコミュニティーを作り健康格差を改善する活動を国内外問わず行っている。

太田千瑞さん
臨床心理士・RYT200/RPRT85/RYCT95 Yoga.Ed チェアヨガトレーナー
教育行政・小中高のスクールカウンセラーとして、いじめ・不登校・発達障害などの相談に応じる。自分の価値に気づくツールとして、ヨガを予防的アプローチを提唱し、教員研修・保護者向け講演を行う。2019年初の著書「イラスト版子どもの発達サポートヨガ」を刊行。オンラインスクール「発達支援プロモーター」を運営し、キッズヨガインストラクターや先生・保護者向けに講座を開講する。2020年1月より悪性リンパ腫のため、入院加療後、完全寛解。がんサバイバーとして、どのような状況でも心を整える方法を発信中。学校教育にヨガ・マインドフルネスを教育課程として取り入れることをミッションとして活動している。

ライター/南 舞

臨床心理士。岩手県出身。多感な思春期時代に臨床心理学の存在を知り、カウンセラーになることを決意。大学と大学院にて臨床心理学を専攻し、卒業後「臨床心理士」を取得。学生時代に趣味で始めたヨガだったが、周りと比べず自分と向き合っていくヨガの姿勢に、カウンセリングと近いものを感じ、ヨガ講師になることを決意。現在は臨床心理士としてカウンセリングをする傍ら、ヨガ講師としても活動している。

Instagram: @maiminami831

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