"なんもしない人"がヨガの聖典『バガヴァッド・ギーター』を持ち歩く理由

 "なんもしない人"がヨガの聖典『バガヴァッド・ギーター』を持ち歩く理由
Shintaro Sumida(Gran)

ただそばにいるだけで、何もしないーーそんな斬新なサービスで注目を集める男性、「レンタルなんもしない人」こと森本祥司さん。彼が常に持ち歩き、愛読しているのが、ヨガの聖典の一つ『バガヴァッド・ギーター』。ヨガとなんもしないことの間に、共通点はある?レンタルなんもしない人にとって、『バガヴァッド・ギーター』はどういう存在?ご本人に、話を伺ってきました。

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労働過多、思考過多ーー常にせわしなく何かに追われているような毎日、「何もしない」が難しくなっている時代に、「何もしない」ことをサービスにしている「レンタルなんもしない人」こと森本祥司さん。

「なんもしない人(僕)を貸し出します。」
「ごくかんたんなうけこたえ以外、なんもできかねます。」

花見の場所取りやゲームの人数合わせなど「ただ1人ぶんの人間の存在が必要なシーン」で「ただそばにいるだけ」という斬新かつ不思議なサービスはSNSを中心に話題となり、活動から2年経った今年、ついにドラマもスタートしました(毎週水曜深夜に放送中)。そんな彼がいつもリュックに忍ばせているのがヨガの聖典『バガヴァッド・ギーター』。何もしない人が、なぜこの本を必ず持ち歩いているのかーーその理由を聞くため、彼の住む国分寺でインタビューを行いました。

レンタルなんもしない人
『レンタルなんもしない人』というサービスは、2018年6月からスタートし、今年で約2年経つ。

パッと開くたび、気づきがある

――森本さんはいつも『バガヴァッド・ギーター』を持ち歩いているそうですが、本を手に取ったきっかけを教えてください。

「そもそもは『あるヨギの自叙伝』を読んだことがきっかけです。何かの記事で、スティーブ・ジョブスのipadに唯一入っていた本が『あるヨギの自叙伝』だったと知り、どんな本なのだろう? と思い、購入。これがめちゃめちゃ面白かったのですが、『バガヴァッド・ギーター』がたびたび引用されていたので興味を持ちました。

手に入れたのは3年ほど前。実家に帰省する際、新幹線で読む本を買おうと立ち寄った本屋で、ふと『バガヴァッド・ギーター』を思い出し、手に入れました。早速、読んでみると、これまためっちゃ面白い。帰省してからも自由な時間をみつけてはカフェに行き、ずっと読んでいました」

―― どこに心を掴まれたのでしょう?

「一つひとつのフレーズが、僕がいつも思考していたこと、感じていることに刺さる感じ、です。読むと、自分の思考や行動が、整理されていく気がしました。

メインの登場人物は、インドの将軍的な立場であるアルジュナと、彼についているクリシュナ神。物語は、同族が殺し合う戦争を続けることに、葛藤や迷いを抱くアルジュナに対し、クリシュナ神がヨーガの教えを一つひとつ説いていく形で綴られています。

バガヴァッド・ギーター』で描かれる世界と僕の生きている世界とでは、時代も社会もまったく異なるのに、書かれていることを自分に置き換えられた。クリシュナの言葉はアルジュナとともに、僕自身の迷いも説いていく感じがしました」

――3年たった今でも、毎日、持ち歩く理由とは?

「一つは、文庫本なので持ち歩きやすいからです。もう一つは、1章1章がとても短い構成なので、すき間時間にパッと開いて読めるから。そして、1章のなかに、何か、こう、気が晴れるような、刺さる言葉が書いてあるからです。

バガヴァッド・ギーター』は物語ではありますが、一般的な小説と異なり、最初から最後まで文脈を追わなくても読めます。クリシュナの言葉は、部分が全体になっているというか、それだけで、すべてを言い尽くしているように思えます。しかも、ものすごく抽象度が高いので、同じ言葉でも、読むときの心理状態によって解釈が全然違ってくる。それが面白いな、と思います。

今は最初から最後までしっかり読むことはありませんが、本を開く回数は多くなりましたね」

――何かに迷ったら開く、という感じでしょうか?

「いえ、単純に、好きだから開く。で、たまたま開いたところに書いてあった言葉を読み、“ああ、自分は今、こういうことに迷っていたんだな”と気づくことが多いです。

何かが気になっている最中って、それを俯瞰してみられない。『バガヴァッド・ギーター』を読むことが、捕われを外すことにつながっています。

読むと、初心を思い出します。『レンタルなんもしない人』の活動を始めた当初は、あまり迷いのない状態でした。結果などにこだわらず、ただただ自分のなすべきことをする、というか。多分、この本に書かれている“理想の状態”だったと思うし、だからこそ、この活動を始められました。でも、メディアに取り上げられたり、いろんな方と関わるようになったりするようになってくると、俗っ気のあることも浴びていく。そうすると、僕も生身の人間なので、影響を受けて迷いも生まれてきます」

――俗っ気とは? 

「具体的に言うと、例えばメディアとの出演料の交渉とかです。『なんもしない人』の活動ではお金にこだわらず依頼を受けている一方、活動から生まれた仕事ではギャランティーの交渉をしている。やっぱり“いつの間にか、お金のことを気にするようになっていたな”と感じるし、迷いは生じます。これを、どう考えていけばいいのかは、答えが出ていないのですが」

『バガヴァッド・ギーター』の影響で"迷い"がなくなった

――『なんもしない』活動を始める際、「人が旅行にお金を使うように、自分は貯金したお金で何もしないことをしようと考えた」という話を伺いました。とてもライトに、新たな人生を選択されたような印象があります。

「活動を始める前の半年間は、かなり思い悩みましたよ。決めるまでの道々で『バガヴァッド・ギーター』の影響を精神的に受けて、迷いがなくなった。だから、ライトに始めたように見えるのだと思います。

今の活動は『生活費はどうしよう』『危険な目に遭うかもしれない』など、結果を気にしていたら、やるのは不可能だと思うんですね。『先のことを考える= 結果に囚われている』ことだと思いますが、この本を読んだことで、結果に囚われるのはよくないな、と思った。色々と頭で考えようとせず、とにかく面白そうなこと、やりたいことをやってみる。先のことを深く考えて決断することをやめて、自分をこの世界に投げだす気持ちになれたのは、『バガヴァッド・ギーター』のおかげです」

――スタートしてから、約2年。1日1日を重ねる活動ですから、長く感じるのでは?

「そうなんです。時間の感覚が全然違う。会社員ならば2年はあっという間ですが、日々の密度が高いせいか10年、20年ぐらい経っているような感覚があります。僕は今36歳ですが、34歳までの人生よりも、この2年間のほうが濃いと感じる」

レンタルなんもしない人
photo by Shintaro Sumida(Gran)

――活動はいつまで、と決めていますか?

「先ほども言ったとおり、先のこと考えずにやっているのでわかりません。考えずに、新たに面白そうなことが湧いてくる余地があるほうがいいかな、と」

――スタート当初からぶれていないんですね。

「いや、ぶれているとは思います。今のところ順調ですし、多分、無意識に“(この活動が)明日も続くといいな”と思ってしまっているでしょう。ただ、理想を言うのであれば、先のことを考えず、執着せず、何も考えずにやっていきたい。だから、この活動を続くかどうか、にも言及しません」

――ちなみに、ヨガの経験はありますか?

「『バガヴァッド・ギーター』や『あるヨギの自叙伝』を読んでいた当時は、資料を取り寄せて手順を踏み、毎日、瞑想を続けていました。瞑想は楽しかったですよ。今はたまにやるぐらいです。

体を動かすほうのヨガは、奥さんが好きなので付き合って教室に行ったことがありますが、体が硬いのでいまいち楽しめなかったです。でも、ヨガスートラの解説本も読みましたし、ヨガの考え方はフィットしました」

――具体的にいうと、どういうところが?

「ヨガの最終目標である、究極の静寂。何も心の中に浮かんでこない、というシンプルな目標が、です。

僕は学生時代、物理を学んでいたのですが、物理もわりと最終目標ってシンプル。この世の成り立ちや究極の姿などに興味を持ち、真理を追究するところに、最終目標があると思います。

そこが物理の好きなところであり、ヨガに通じるところでもある。ただただ座って、目を閉じて、何も考えないことは難しい。でも、ヨガを続けていけば、究極の静寂というのが掴めるのかな、是非、ヨガの状態に達してみたいな……と、興味が湧きました。

シンプルだけど難しい、というのが好きなんです」

"なんもしない"活動から得られたもの

――最後に、「なんもしない」活動を続けていてよかったと思うことは?

「常によかったなと感じています。僕が『なんもしない』からこそ皆さんは依頼してくれるわけだし、得られたことばかりです。

人は『自分はこんなことできます』と発信する人やいろいろと出来る人に対しては、余計なお世話かなと思って、いろいろと口を出さないと思います。でも、「なんもしないです」というと、皆さん、いろんなものをくれる。物やお金、知識。ベタな話ですが、やっぱり人は、空の容器には水を注ぎたくなるんでしょうね。あえて空白を持っているほうが、いろんなことに巻き込まれやすいという知見を得られました。

とはいえ、自分的に『余計なお世話だな』と思うことは発生するので、つい『言われなくてもわかっています』などと口にもしてしまいますが」

――え! 面と向かって言ってしまうんですか(笑)。

「はい。人間、色々経験すると濁っていくので。でも、自分自身が濁っていくことも含めて、面白いと感じています。

活動をとおして人の助けになった、というつぶやきを見ると、僕を品行方正な人格だと想像される方もいますが、時にはTwitter上で反論することもある。『意外と人間味があると感じたので依頼しました』と言われることもあります。

ただ、いろんなことを気にするようになったり、濁り過ぎたときは、『バガヴァッド・ギーダー』を読んで清めて、リセットします」

――もっと仙人みたいに、いろいろ受け入れる人なのかと思っていました(笑)。

「ははは。でも、例えば自分の人に言えない話をしたい、という依頼もあるのですが、仙人みたいな人には、なかなか悩みは話しづらいと思います。悩みって人間的な部分から発生するので、仙人には理解できませんから。

 カウンセラーではなく僕のところにくるのは、専門家は『相手は自分のことを全部わかっちゃうんだろうな』とか『悩みを持つことは(人として)低いレベルと思われるのでは』などと感じたり、(悩まないように自分を)治されそうな気がするから。自分の悩みを大切にされない感じがするからだと思います。

だから僕は、人間的である部分を大事にしています。きっと、ヨガの境地に達したら、この活動は成り立ちません。究極の静寂になってしまったら、誰も僕に寄りつかなくなると思いますよ」

Profile:レンタルなんもしない人(森本祥司)さん

レンタルなんもしない人
レンタルなんもしない人(森本祥司)さん photo by Shintaro Sumida(Gran)

1983年生まれ。理系の大学院を卒業後、教育系出版社に就職。会社員生活を送る傍らコピーライターを目指すも方向性の違いに気づき、会社を退職。2018年より「なんもしない人(僕)を貸し出します。常時受付中です。国分寺駅からの交通費と飲食代等の諸経費だけ(かかれば)もらいます。飲み食いと、ごくかんたんなうけこたえ以外、なんもできかねます。」という、「何もしない」というサービスを始め、現在も従事。著書に『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)、『〈レンタルなんもしない人〉というサービスを始めます。スペックゼロでお金と仕事と人間関係をめぐって考えたこと』(河出書房新社)などがある。

twitterアカウント:@morimotoshoji

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Text by Kyoko Nagashima
Photos by Shintaro Sumida(Gran)
撮影協力:cocobunjiプラザ



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