周囲にあたり散らす、カッとなる…攻撃性の裏にあるものとは|禅僧の精神科医・川野泰周さんに聞く

 周囲にあたり散らす、カッとなる…攻撃性の裏にあるものとは|禅僧の精神科医・川野泰周さんに聞く

長引くコロナ禍。いまだ終息の兆しも見えず、心の疲れが慢性化している方も多いのではないでしょうか。テレワークやソーシャルディスタンスなど、人との関わり方も変化していくなか、ルールを守っていない人を見ると怒りが生じる人、医療従事者やエッセンシャルワーカーへの差別意識を持つ人など、心の疲れがネガティブなアクションに繋がっているようにも思えます。そこで、今回は禅僧であり精神科医でもある川野泰周さんにお話をお伺いしました。

広告

心が疲れてくると理性や感情のコントロールが難しくなる

――川野さんは、横浜市にある臨済宗建長寺派・林香寺で住職を務める一方で、複数のクリニックで、マインドフルネス瞑想や禅の要素を積極的に取り入れた精神科診療を行っていらっしゃいます。コロナ禍となったこの1年、クリニックにいらっしゃる方に変化はありましたか?

川野さん:初診の方が急増しているのが現場の実情です。そのほとんどが新型コロナウイルスの影響を訴える方々です。職を失った、テレワークになってしまった、一生懸命に勉強して大学に入ったのにオンライン授業になってしまった。それに加えて、直接的な影響はないけれど、自分の身近にいる方、ご家族や親友、同僚や上司がコロナ禍でイライラしていたり、粗暴になったり。それで心を病んでいらっしゃる方も少なくありません。

――今回は、そういったイライラや暴力的といったネガティブな行為、思考と心の疲れの関係性についてお伺いしたいのですが、そもそも「心の疲れ」というのはどういった状態なのでしょうか。

川野さん:心の疲れというのは、実態がないものです。体の疲れでいえば、局所の筋肉や血流の低下、「乳酸が蓄積する」というようにある程度、疲労の原因も分かってきていますが、心の疲れというのはその疲労物質が特定されていない。私たち精神科の分野では「心=脳」ととらえているので、脳の疲れ、脳疲労と言うこともありますが、脳疲労の定義はいまいちはっきりとはしていません。ただ、脳が活動を続ける限り疲れが蓄積されていくことは確かです。

少し専門的なお話になるかもしれませんが、脳のしくみを交えながら説明します。脳疲労が蓄積されると、まず自律神経系の調節がうまくいかなくなり、乱れるようになります。自律神経は内臓の働きを調整している部分です。そこがうまく働かなくなってくると、実際に体に不調が出てくる。不調のある体の部位を検査してもほとんど異常がない。ストレスが原因なのでは?と考えるのには、ここに理由があります。

加えて、自律神経の親元は視床下部にあります。ここが破綻するとほかのさまざまな場所にも不調が出てくる。本来の働きができなくなってきてしまう。そのひとつとして、前頭葉の機能が低下するのではないかと考えられています。前頭葉の内側は、理性の中枢と呼ばれる、自分の感情を統制する場所。そこがうまく働かないことによって感情の中枢、扁桃体にも影響が出てきます。

人間の脳は場所によって働きが違います。一番深い部分は延髄。呼吸や心臓を動かすなど、それがないと生きていけないもの。その上にある中脳は自律神経、内臓を機能させるもの。さらに、その上が視床下部。感情を司るもの。最後、一番外側の部分が理性を司る大脳なんです。中でも大脳の最も外側(浅い部分)というのは、進化の過程で最も新しい脳とされており、人間で最も発達した脳の部分と言えます。

理性を司っている脳の外側のはたらきによる高度な機能を使うためには、たくさんエネルギーを使わなくちゃいけない。だから、ストレスや見えない疲れで脳や心に負担がかかる。最近では、マルチタスクによる脳疲労もあります。情報過多になりすぎてしまって、多くの情報を統制する高度な機能、脳のなかでも燃費の悪い場所をたくさん使っていると、あっという間に疲れ果てて、まず脳の外側から疲れ果ててしまうわけです。

脳
人間の脳 photo by Adobe Stock

理性の機能が働かない=粗暴な感情が行動として表出

――疲れの蓄積で、最初に調整が難しくなるのが理性だということですね。

そうなんです。理性からコントロールができなくなってきます。脳の最も外側の、理性の機能が利かなくなってくると、次に少し深めの「大脳辺縁系」と呼ばれる場所にある、感情の活動部位、扁桃体が勝手に反応するようになる。加えて、海馬の部分も同じ大脳辺縁系のひとつなので、記憶と感情の統制、両方に影響が及びます。この状態こそが心の疲労(脳疲労)となって、さまざまな弊害を生み出しているのではないかと考えられます。

簡単にいうと、普段は前頭葉が働いているから理性的に行動できていることも、だんだん疲れが蓄積されることでコントロールができなくなる。感情がそのまま行動化されてしまうんです。

例えば、厳しい父親に育てられたことが原因で、自分より優位な人間に何かを言われることに嫌悪感がある人。普段はそれが記憶にストックされているだけ理性的に行動できているけれど、疲れてくると相手が少し優位な目線で話をしただけで突然怒りだしてしまう。自分より立場が上に見える人に対して、相手が何もしていないのに歯向かったり、SNSで「どうせお前らには分からないだろう」と嚙みついたり。こういう粗暴な感情が行動として表出されてしまうことが、今大きな問題になっていますよね。

でも、これはごく自然な現象なんです。追い込まれると、感情が行動という形で表出してくる。本性が出るといってもよい状態かもしれません。心が疲れているから理性が働いていない。その状態の人が多いのかなと思います。

「攻撃は最大の防御」自己防衛本能から攻撃的になる人も

――心の疲れに繋がるストレス要因の多いコロナ禍では、そういった人が増えてしまうのも仕方ないのかもしれません。

川野さん:新型コロナウイルスという目に見えない脅威を感じていること自体が、ものすごくストレスなんです。コロナ禍のストレスは具体的にいうと、3種類に分けられますが、全て不安が原因であると私は考えます。新型コロナウイルスに罹ってしまうのではないかという直接的な不安、そして、経済的や身の回りのこと、コロナによって生活が立ち行かなくなってしまうのではという間接的な不安。最後が、コミュニケーションや行動範囲の不安。長期化するステイホーム、画面越しの交流しかできない、絆が断たれてしまうのではないかという不安ですね。

そういった不安によって、理性や感情のコントロールができなくなると攻撃性が出てしまう人もいる。人間は誰でも怒りや攻撃性を持っていますが、それが表に出るのは、自分自身の安全が脅かされているときなんです。安全を確保したいがために攻撃する。

昔から「攻撃は最大の防御」と言いますよね。自分自身の不快感が強いから他者を責めて否定する。それによって自分は大丈夫だと錯覚しようとするんです。あるいは、正反対のパターンとして、先手をうって自分で自分を攻撃することによって他者から守るという場合もあります。例えば、人格を否定するようなことを言われても、いつも自分で自分を否定しておけば、あまりショックじゃないといったような、極めて自責的な心理になることもあります。

サディスティックとマゾヒスティック、よく「S?M?どっちのタイプ?」と話題になったりしますが、これは表裏一体。そのエネルギーがどちらの方向に出ているかという違いだけなんです。攻撃性が他者に向けられているときは他罰的、自分に向かうと自責的になる。状況や人間関係のバランスで変わるだけなんです。人間の行動のもとになるのは、リビドーという繁殖本能。そして、自己防衛と考えられています。心の根底にある本能を理解しておくと分かりやすいかもしれません。

――自己防衛という本能を考えると、コロナ禍で不安を持たないようにするのは本当に難しいですね。

川野さん:そうですね。不安を感じると自己防衛の反応も強くなります。だから、こういったコロナ禍という自分の身が危険に脅かされている状況のなか、他者に対して慈悲的な行動をとれる人というのは、非常に精神力の強い人だなと感じます。つらいなかでも、人生に希望を持つような体験や考え方をしてきた人。普通の人はそういう状況にさらされると、他者には冷たくなるし、攻撃的になる。自分に対しても「私なんてどうでもいい」という考えになりがちなんです。

攻撃性が行動化する前に、疲れに気づくポイント

――攻撃性が表出することで、自分が疲れていたと気づくこともありそうです。

川野さん:攻撃をしている最中は、その行為でストレスを発散できているので疲れに気づかないことが多いです。でも、その発散が間に合わなくなってしまったとき、本当に疲れきってしまったときに「私って変わったな」と気づくんですよね。こんなにイライラしている人じゃなかった、人に対して文句を言うようなタイプじゃなかったのにどうしてだろうと。

――そうなる前に心の疲れに気づくポイントはあるのでしょうか?

川野さん:いくつかポイントはあると思います。検査をしても異常がない体の不調。睡眠の質の低下などは比較的分かりやすい疲労性の変化と言えます。また「楽しかったことが楽しく感じられない」という変化を自覚された場合、これはとくに注意が必要です。すでにうつ状態になっていることを反映している場合があるからです。釣りが好きだったのに行く気も起こらないなど、趣味、好みが無くなってくると要注意です。あとは、「こんな失敗をするはずがないのに」というミスをする。例えば、カレーライスを作ろうとスーパーに行ったのに必要な材料を買い忘れるなど。これは注意力低下や集中困難をきたしている可能性があります。脳疲労の可能性を考慮して対策を講じる必要性が考えられます。

SNSやネガティブな情報から離れる、デジタルデトックスの時間を

――先ほど、「コロナ禍では他者とのコミュニケーション不足からの不安が心のストレスになる」というお話もありましたが、人と直接会えない分、SNSに依存してしまう人、ネガティブな情報や感情に引きずられてしまう人も多くみられます。

川野さん:SNSは、その人の小さな一部を切り取って見ているものだという前提で付き合うことが大事です。キラキラして見えてもそれはあくまでSNS上のものと思っておく必要があります。理想の自分を演じることで自分の価値を実際よりも高く見積もっておきたいという心理の現れという場合が少なくありません。実際には非常にストレスフルな状態にあって、心のバランスを崩しかけている方かもしれません。そういう方と繋がり続けることは、本来感じなくてもよいはずの劣等感や自責の念を作り出してしまうことにもつながるため、注意が必要です。何が真実なのかを見極める目を育てることが非常に大切です。

ネガティブな発言や情報も同じで、自分の芯をしっかりと持つことができず、自己洞察が苦手な方は、最初に目にしたものや、自分の感情を一番揺さぶるものに引きずり込まれてしまう傾向があります。これもやはり客観的な視点を持つことが難しいために、真実が見えなくなっている状態といえます

真実を見分けるために、禅の世界では自らをしっかりと見つめていきます。自分の存在だけは嘘をつかないからです。でも、自分の存在をどうとらえていいのか迷ってしまうことも少なくないので、まずは自分の「感覚」を頼りにするんです。手で触れているという感覚は本物。その前提から、感覚を極めていく。呼吸や歩く行為、食べる行為でも感じることに集中すると、だんだんと自分自身の本当の姿が見えるようになっていく。そしてやがては、世の中の本当の姿が見えてくるということです。このように、「自分を通して世の中を見ていく」というのが、瞑想や禅の考え方です。

これだけ忙しくいろんな情報を精査して、考えている私たち人間は、考えない時間を作ることも大事です。考えることを止めるように努力する。一旦止めてから、それを手放してあげる時間が「今この瞬間に注意を向ける」というマインドフルネスだと思います。

――SNSへの依存は、常にスマホをチェックしてしまうといったマルチタスクによる疲れにも繋がりますね。

マルチタスクによる疲れは現代人の大きなストレス要因です。仕事中やテレビを見ているときなど「メール来てるかな」という意識を持つこともマルチタスクのひとつなんです。自分が主体的にスマホを使っていないというのが問題ですよね。何かに集中しているときに、隣に誰かがいて「ねぇねぇ」と呼びかけられているのと同じで、スマホに支配されている、自分が失われている状態なんです。

だから、インターネットから離れる時間を自ら作り出すことが必要です。いわゆるデジタル・デトックスの時間、オフラインの時間を作る。ITツールだけでなく、自分と繋がる時間を積極的に作ることを提案していきたいと思っています。

プロフィール:川野泰周さん

1980年横浜市生まれ。臨済宗建長寺派・林香寺 住職。RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。
2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行、2014年末より林香寺の住職に。現在は檀務とともに、精神科医として複数のクリニックで診療にあたっている。著書・共著・監修多数。また、国内初のマインドフルネスのための通信教育講座「マインドフルネス実践講座」(キャリアカレッジ・ジャパン)の監修を務める。NHKラジオ「ラジオ深夜便」など、メディア出演を通してのマインドフルネス普及活動にも取り組んでいる。

広告

Text by Mitsue Yoshida

AUTHOR

ヨガジャーナルオンライン編集部

ヨガジャーナルオンライン編集部

ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

脳