なぜ母親になりたいのか|あるヨガ指導者の「母性を探る旅」

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なぜ母親になりたいのか|あるヨガ指導者の「母性を探る旅」

LEZA LOWITZ
LEZA LOWITZ
2018-01-18

次の検診の時、アーユルヴェーダの担当医である女性が、同情するように私を見つめながら代理母出産を受け入れている村について話した。「その村に、行ってみてもいいかもしれないですね」と、彼女は言った。私は、あまりにも期待していた答えとは違うアドバイスを受け取り、動揺を隠せなかった。長年にわたり、子供をなかなか授かることのできない私の相談を受けたすべての人たちは、アドバイスとして、特別な治療法や医師を紹介してくれたり、食事法やビジュアライゼーションのやり方などを教えてくれたりした。また、彼らは自分たちの周りにいる、私と同じ状況を克服した姉妹や、叔母、友人、従姉妹の成功例を教えてくれた。しかし、そのすべてが私には効かなかった。私は担当医である彼女の気遣いに感謝し、自分がアンマになったつもりで、想像の中で彼女を抱きしめた。
検診のあと新聞を広げて読んでいたら、なんとアンマを訪れたあの日、アンマはナイフを持った男に襲撃されていたと書かれていた。その男は、すぐに取り押さえられ、逮捕された。その事件が起こったのは夕方6時45分。しかしアンマは群集がパニックにならないよう配慮し、次の日の朝5時までそのまま抱擁を続けたそうだ。ずっと後列で待っていた私のような訪問者たちは気づかなかったが、前列の人たちはその出来事を知っていたようだ。今思えば、だから皆とても感情的だったのだろう。アンマはその襲撃者を許し、こう言ったそうだ。「生まれた者のすべてがいつか必ず死ぬ。この現実を私は、常に念頭においている」。そして私の中であのマントラが、また鳴り響いた。ドゥルガー、ドゥルガー、ドゥルガー。

私たちは本来の自分自身を、この人生の中で生み出すために生きている

インド滞在の一週間の中で、ヨガが私に何を教えてくれたのか気づいた。生殖能力、つまり何かを受容し産み出す力とは、子を授かり産み落とす能力のみを指す言葉ではない。生殖能力とは、感受性のことであり、女性性の創造エネルギーをどんな時も感じて、明らかに表現していくこと。私はヨガの教えを受容すればするほど、発見していく。自分自身を育む方法や、本来の自分がいかに生き生きとした魔法のような存在であるかを見つけることができる。それは私の母がくれた、ユダヤ教の叡智の数々を振り返ることも含まれる。ユダヤ教の教示トーラーによると、「奇跡」とは、神が自然の法則を超えて動き、無限の力を証明するために起こるのだという。神がこの時、私たちに与える試練では、同じように限界を超えることが求められている。そしてこの試練を乗り越え合格する者は、「奇跡」を起こす必要がある。トーラーによればこの試練は、創造者と創造力の間にある障壁を壊すために与えられるのだそうだ。何かうまくいかないことがある時は、それは神が与えた試練である。そしてその試練は私たちを目覚めさせ、限界を認知し、それを超えて成長させる。
私が母親になるためのこの紆余曲折した道は、試練なのだろうか? そしてこの試練は奇跡を起こすのだろうか? たとえ子供がいても、いなくても、私たちは、本来の自分自身をこの人生の中で生み出すために生きているはずだ。

※このエッセイは2015年春Stone Bridge Pressより出版した回顧録『Here Comes The Sun』より抜粋。
Translated by Joy Yu Natsume
yoga Journal日本版Vol.37掲載

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