友達のSNSで落ち込む人へ。幸せになるためのエゴとの付き合い方

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友達のSNSで落ち込む人へ。幸せになるためのエゴとの付き合い方

NORA ISAACS
NORA ISAACS
2018-01-20

はっきりとした意志を持とう

ヨガプラクティスは、エゴの言いなりになっているという状況に気づかせ、自分自身の本質とつながるように導いてくれる。アーサナ、プラナヤマ、瞑想といった修練を通してマインドとその雑念を鎮めることで、次第に、あなた自身が純粋な本質そのものだと感じられるようになる。この真理に通じていれば、あちこちとエゴに振り回されることがあったとしても、より冷静に、より柔軟に、より容易に対処できるようになるだろう。
アーサナプラクティスでは、浮かんでは消える思考や感覚を観察しよう。どんなポーズが好きで、どんなポーズが嫌いだろうか。思考が展開しようとするストーリーに気づいたら、それを手放す練習をしてみよう。「自己観察を習慣化できるのもアーサナの大切な側面です」。ヨガ指導者であり理学療法士のジュディス・ラサターは語る。「アーサナで体をストレッチするとき、意識は内側へ、ストレッチされている感覚へと向けられます」。
このプロセスは呼吸のプラクティスでも体感できる、とラサターは続ける。「呼吸の流れを観察する中で意識は内側へと向けられ、繰り返し気づきます。感覚に意識を向けるこのプロセスは、そのまま日常生活での気づきのプロセスになります。肉体から感情へ、さらに真理へと広がっていくのです。自由の始まり、つまり、思考からの解放と言えるでしょう」。
瞑想も効果的なツールだ。なぜなら、アーサナやプラナヤマと同様に、マインドの観察者でいることを教えてくれるからだ。瞑想を通して、自分自身の思考や感情の目撃者になることで、〝エゴの言い分〟に対する「本当の自分の声」が引き出される。「文化や家族から引き継がれたものや、社会的仮面ではなく、あなたのなかの本質的な部分に気づけるようになるでしょう」とケンプトンは言う。

自分に寛大になろう

エゴの全体像を知ろうとするときに、気をつけたいことがある。ひとつは、感情を無視するのではなく理解しようとすることだ。「自己を探究することは、エゴや怒り、悲しみ、憤りといったリアルな感情を押しやるということではありません」とホルコムは言う。「これらの感情にではなく、本当の自分に素直に生きることを学ぶことなのです。その過程で自ずと心が軽くなるでしょう」
もうひとつは、問いかけというのは現在進行形で、一生続く、道筋が決まっていない修練だということだ。自分自身に寛容になることが要求され、いつも正しく理解できるとは限らない。「私たちは人間です。間違えることもあるでしょう」とホルコムは言う。会議中に同僚があなたに賛成をしなかったために、身構えてしまうこともあれば、生徒のひとりがあなたのレッスンを気に入らなかったように思えたために、自己嫌悪に陥ることもあるかもしれない。すぐに思考を変えられなくても、そうした感情がエゴの仕業なのだと理解していることはプラスになる。「ただ知っているというだけで、立ち止まって省みることができます。その感情を手放すか、次に同じことが起こったときには、違った反応ができるようになるでしょう」とホルコムは言う。
メリルは、ヨガプラクティスを続けることにした。自分はふさわしくないという感覚も、完璧なヨギーニというセルフイメージも、自分の価値を決めるものではないことに気がついたのだ。「外からの声よりも内なる声が大きくなるまでに、数年かかりました。でも、内なる声が聞こえるようになったとき、ヘッドスタンドが私には不向きなのだと受け入れることができました」。今、メリルはクラスがヘッドスタンドに入るときには、穏やかに代替ポーズを尋ねることにしている――。それはエゴが「気づき」でコントロールされている証拠だ。

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Translated by Kanako Izawa
yoga Journal日本版Vol.35掲載

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