「動く」という脳の指令はどのように伝わるか|理学療法士がヨギに知ってほしい体のこと

 「動く」という脳の指令はどのように伝わるか|理学療法士がヨギに知ってほしい体のこと
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得原藍
得原藍 2018-11-11

理学療法士として活躍する得原藍さんが、ヨギに知ってほしい「体にまつわる知識」を伝える連載。第三回目となる今回は「動くという脳の指令はどのように伝わるか」。

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手を目の前に出して、手を握ってみましょう。握ろうと思ったら、握ることができるでしょう。これは、手指を屈曲させる筋が、収縮の指令を受けているということです。同じように、全ての動作は脳からの指令が様々な筋を収縮させることで起きています(反射など脳の指令を必要としない例外的な筋収縮もあるのであえて「運動」とせず「動作」としています)。では、先ほど「握ろう」と考えた「脳」から「手の筋肉」まで、いったいどのような経路をたどって運動が可能になっているのでしょうか。

全身に張り巡らされた神経の役割

脳と筋を繋ぐのは神経です。全身に張り巡らされた神経は、その機能や形態によって様々に分類されています。分類をたどると、まず大きく中枢神経系と末梢神経系に分類されます。中枢神経系とは、脳や脊髄を指し、文字通り身体の中枢を担う神経系です。一方で末梢神経系は、中枢神経系からの指令を末端に伝達する役割を持っていて、交感神経・副交感神経で構成される自律神経系や、今回話題にしている運動や感覚を司る体性神経系などが含まれます。つまり「手を握る」という動作も、中枢神経系のどこかから発せられた指令を、末梢神経系のどこかが手の筋に伝達することで完成する動作であるわけです。

手の筋を運動させるための脳のエリアは、頭頂部の近くにあります。運動野(うんどうや)と呼ばれる脳のエリアの、手の動きを支配する領域から、指令が出ます。前回のコラム「運動はどこから生まれるか」でお伝えしたように、運動はまずは認知・感覚から始まるとも言えますが、その情報全てを受け取って最終的に筋肉へ収縮の指令を出すのが、この運動野の役割です。そこから、脊髄まで神経が伸び、脊髄でα(アルファ)運動神経にシナプスを介して接続して、α運動神経が筋の収縮を引き起こすための最終的な伝達役となっています。つまり、脳から筋までの神経のメインストリームは接続1回のシンプルな構成になっているということです。そのメインストリームに、様々な支流が流れ込むように調整を行う神経が数多く作用して、握る、という動作を完成させています。この、メインストリームはもちろん、そこに流れ込む支流のどこが滞っても、「手を握ろうと思って、握る」という動作は完成できません。

「運動神経」って一体何のこと?

よく、運動神経がいい、悪い、という表現を見かけます。そしてその返答として、運動神経なんてない、という表現も見たことがあると思います。運動神経は、その名前だけであれば、存在するのです(前述のα運動神経など太さや伝導速度によっていくつかに分類されています)。ただ、運動神経がいい、と言うとき、それは「運動がうまい」ということを指します。それは間違いです。運動神経自体は存在しますが、その神経の機能自体が運動のうまい・下手を決定するわけではないということです。運動がうまい、というのは、中枢神経系から末梢神経に至る神経の機能を指すのではなく、状況と目的に合わせて様々な運動が実行できるということだからです。

試行錯誤を繰り返すことで、脳からの指令はスムーズに

「状況と目的に合わせて」運動する、というのは高度な能力です。手を握るという動作だけでも、卵を握るのか、ダンベルを握るのか、手を握るのか、適切な力の強さと関節の動きと目的に合ったその他の関節の動きが必要です。それらすべてが、脳からの指令を受ける個々の筋肉が、協調して動く(オンオフを調整しながら多彩に動く)ことで成立しているのです。

ヨギの皆さんは、複雑な姿勢を取る際に、インストラクターや熟練者と「違うところに力が入ってしまう」という経験をしたことがあるのではないでしょうか。あるひとつの姿勢でも、そこには多くの筋が関わっていて、その全てに脳からの指令が届いています。むかし、なんども壊しては練習した卵の殻を割る動作のように、新しい運動には新しい組み合わせの筋の組み合わせと出力の調整が必要です。脳から適切な指令が出るようになるまで、試行錯誤を繰り返すしかありません。けれど、一度習得してしまえば、脳から筋へ繋がる神経のメインストリームに流れ込む様々な情報が、失敗を少なくしてくれるでしょう。

ライター/得原 藍
大学時代にアメリカンフットボールの学生トレーナーをした経験から身体運動に興味を持ち、卒業後社会人経験を経て大学に再入学し理学療法士となる。総合病院と訪問リハビリテーションで臨床経験を積み、身体運動科学について学ぶために大学院に進学、バイオメカニクスの分野で修士号を取得して5年間理学療法士の養成校で専任教員を勤める。現在はSchool of Movement®️ IES Directorとして様々な運動関連職種の指導者に対してバイオメカニクスを中心とした身体運動の科学を教えている。

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