国際ヨガデー制定から3年|片岡鶴太郎の師匠が語る「ヨガで日本は変わるのか?」

Shoko Matsuhashi

国際ヨガデー制定から3年|片岡鶴太郎の師匠が語る「ヨガで日本は変わるのか?」

――独学で始められ、実際、ヨーガに触れたのはいつ頃でしょう?

トウドウ先生:始めてから1~2年後ぐらいでしょうか、当時は京都に住んでいたのですが、二条城の近くでゴーシュヨーガのデモンストレーションがあると聞き、見学に行きました。ハタヨガのポーズを知ったのは、このときが初めてです。その日を境に、瞑想の前に自分なりにポーズを実践。ストレッチのようなものでしたが、体の座りがよくなり、瞑想もしやすくなった。それからは、10分ポーズをして20分瞑想することが習慣になりました。

――誰かに教わるのではなく、何でも自分なりに解釈して始められたんですね。

トウドウ先生:当時は田舎に住んでいましたし、本もあまりない、ましてやインターネットもない世の中。今のように、パソコンで検索すれば方法が見つかるような便利な世界ではありません(笑)。ただ「自分を変えたい」という想いがとても強かったので、いいなと思ったらとにかくやってみよう、という感覚です。

男性参加者が多かった初期の瞑想クラス

――では、本格的にヨーガを学んだのは?

トウドウ先生:20歳の頃、神奈川県の横浜で開催されたヨーガの合宿に、父と二人で参加したのが最初です。ここで初めて、アーサナと呼吸、そして瞑想を行う、インドの瞑想の基本を学びます。真言、マントラを使うのもここで初めて知りました。実際、系統的に学ぶと、自己流よりもはるかに瞑想を行いやすくなりました。道筋がついたというか、確実に前進する感覚が掴めましたね。

ヴェーダプラカーシャトウドウ
(Photo by Shoko Matsuhashi)

――当時、日本ではどんなヨーガが浸透していましたか?

トウドウ先生:当時は情報もあまりなく、自分のフィールド外の事情はまったくわかりませんでした。ただ、後に見聞きしたことから推測すると、ゴーシュヨーガ、佐保田鶴治先生のヨーガ禅、沖ヨガが主流だったのではないかと思います。ゴーシュヨーガは国連が推薦するヨーガだったので、当時から海外では広く認知されていました。でも、日本ではムーブメントが起きるほどではなかったんじゃないかな。さらにその約20年後、オウム真理教の事件が1995年に起こり、その影響でヨーガまでカルトとしてみられるようになります。当時はヨーガ教室が減っていったと聞きました。

――当時はすでにヨーガを教えられていましたが、生徒さんに多かったのはどんな方ですか?

トウドウ先生:私のフィールドは1980年から90年代半ばまで瞑想のヨーガでしたが、初期の頃はクラスに来られる方の6~7割は男性で、後期になると女性やビジネスマンも多くなってきました。

――6~7割が男性!? 想像できません。

トウドウ先生:そうですね。ケン・ハラクマさんからお話をいただき、初期のヨガフェスタでは何年か講師をしていましたが、その頃は完全に男女比が逆転していました。ヨーガが息を吹き返してきたのも、2004年に日本でヨガフェスタが始まった頃からだと思います。フィットネスや美容・健康のために始める女性が増えて、私からすると、天地がひっくりかえったような状況でした(笑)。

Photo by Shoko Matsuhashi
Text by Kyoko Nagashima(Lush!)

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