"魔性"という言葉が免責しているのは誰か|「愛に見せかけた搾取の物語」を紐解く

 "魔性"という言葉が免責しているのは誰か|「愛に見せかけた搾取の物語」を紐解く
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エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。今回は、『わたしが先生の「ロリータ」だったころ』(左右社)を取り上げる。

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ウラジミール・ナボコフ著『ロリータ』は、長い年月読み継がれる古典小説だ。文学の授業で採用されることも多いのは、美しい文体だけが原因ではない。『ロリータ』は、中年男性ハンバートが、抗いがたい魅力を持つ「魔性」の少女ロリータに執着する「恋愛小説」だと一般的には思われているが、それ以外の多様な読みも可能な小説だ。今にいたるまで『ロリータ』の読みに関しては論争が続いており、その奥行きの深さゆえに、授業で取り上げられやすいのだろう。

『わたしが先生の「ロリータ」だったころ』(服部理佳訳、左右社)の作者である英文学講師のアリソン・ウッドは、『ロリータ』を、中年男性による少女の支配、搾取の物語だと解釈した。彼女がそう解釈したのは、ナボコフが「ハンバートは、情の厚いふりができる、虚栄心の強い冷酷な悪党だ」と述べているから、だけではない。

彼女自身が高校生だった頃、26歳の英文学教師ノース先生に「君は僕のロリータだよ」と『ロリータ』をプレゼントされていたからだ。

大人の男を誘惑する「魔性」の少女というストーリー

『わたしが先生の「ロリータ」だったころ』は、かつては「恋愛」だと思い込まされていたノース先生との関係を、大人になったアリソンが自分の言葉で語り直したノンフィクションだ。

アリソンは情緒不安定な少女時代を送っていた。自傷行為がやめられず、クラスからは浮いていて、あらぬ噂を流され、孤立していた。そんなアリソンに目をかけてくれたのが、かっこいいと評判の26歳の英文学教師ノース先生だった。ノース先生はアリソンの文学の才能を見抜き、放課後には個別指導してくれるほどだった。

アリソンはたちまちノース先生のことを好きになり、もっと近づきたいと思うようになった。抑圧され行動を支持されるようになっても、思いは変わらなかった。ノース先生はアリソンにブラジャーの色やサイズを尋ねたり、自分のペニスのサイズを伝えたりしてきたけれど、これは恋愛なのだと信じ、突き進んだ。先生はアリソンに『ロリータ』をプレゼントした。先生いわく、『ロリータ』は美しい愛の物語であり、妖艶なロリータ(本名はドロレスだが、ハンバートは決して名前を呼ばない)こそが、ハンバートとの関係の主導権を握っているのだという。ノース先生はたびたびアリソンとの関係を『ロリータ』になぞらえ、ふたりの愛の手本とした。

アリソンはノース先生の言葉を疑うことはなかった。自分はセクシーな大人の女性で、主導権は自分にあり、自分こそがこの関係を望んだと信じたのだ。

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原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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ロリータだった頃